国内で右に出る者はいないと言われる騎士であり、次期公爵が前線で剣を振るう姿を見て、騎士たちは士気を上げ、半年にも及ぶ攻防の末、このギャロワ王国が勝利を掴んだのだった。
 だからこそ、彼は英雄と言われるのである。

 そうして国を護った英雄は、国王に伯爵の地位と、領地を与えられた。それと、もう一つ。彼が望む褒美を取らせようと、国王がアルベールに告げたのである。
 真面目で堅物な騎士である彼が何を望むのか、国中の人々が注目していたと言っても良いだろう。彼が出した答えは、少々変わったものであったが。



「自らの望む者のみを、自らの伴侶とする権利……。貴族の中でも、王位の継承権を持つベルクール公爵家には、有り得ない話だ」



 ぼそりと、バスチアンが呟いた。
 通常、貴族である限り、己の婚姻は家門同士の婚姻と同義。家門に利益を与える者と結婚することが定められている。上位貴族ともなれば、そこに例外など認められない。

 加えて、ベルクール公爵家のような、王位の継承権を持つ血筋ともなれば、ことは家門だけでなく、このギャロワ王国全体の話になってくる。本来ならば己が望んだ相手と、なんて、夢の又夢の話だった。

 しかし、アルベールはそれを、戦争に勝利をもたらした者に対する褒美として求めたのである。考えられないことであった。



「褒美として陛下が認めた割には、あまりにも彼が相手を選ばないものだから、独身を貫くための方便だったのかと言われていたが……、まさか」



 言ってじっとこちらを見てくる父の視線に、カミーユは数度瞬きをして、軽く首を振る。おそらくは、以前からアルベールは自分との婚姻を望んでいたのではないかと、そう言いたいのだろうけれど。
 夜会の際に数度顔を合わせた程度の相手と、国王からの褒美を使ってまで結婚したいなどと思うはずもないだろうに。

 それならばなぜ、彼の女性関係の話など一つもなかったのに、今になって急に、と言われたら、分からないとしか言えないけれど。
 大方、この度の事情を知らぬまま、婚約を解消されたカミーユが可哀そうだとでも思ったのではないだろうか。それ以外に考えられなかった。



「もしかしたら今頃、求婚したことを後悔していらっしゃるかもしれません。いいえ、きっとしていらっしゃるでしょう。気にせずとも大丈夫だと思います」



「……まあ、普通に考えればそうだろうな」



 英雄と言われる王位継承権を持つ公爵家の嫡男と、腕の良い騎士を輩出することでは有名であるが、あくまでも子爵家の令嬢。そもそもが、家格から釣り合わないのである。
 だから放っておけば大丈夫だろう。これ以上、この話が発展することはない。
 カミーユはそうバスチアンと頷き合い、執務室を後にした。

 エルヴィユ子爵家に、ベルクール公爵家から正式な求婚の申し出が届けられたのは、その日の昼過ぎのことだった。