変わらないなと、思った。
 好きな花や、好きな菓子。好きな色に、好きな小説。
 あの頃と、何も変わらない。



「……連れて帰ってしまいたいな」



 可愛くて可愛くて、仕方がない。やっと手が届くところまで近づいた、愛おしい存在。凛として強く、しかしか弱く、その全てを護りたいと思う、唯一の人。
 口の中だけで零れた言葉が、彼女の耳に届かなくて良かったと心底思った。聞こえていたら、怖がらせてしまったかもしれないから。

 ただでさえ、彼女の記憶の中に存在しない自分は、恐怖の対象である『男』という存在でしかないのだから。



「……いっそのこと先に婚約だけでもまとめてもらおうか。屋敷に連れ去って閉じ込めてしまえば、否が応にも私を受け入れるしかないだろうから……」



 誰にも見せず、触らせず。全ての世話を自分が勤めれば、自ずと自分を頼らざるを得なくなるだろうから。
 そんなことを真剣に考えていたら、「おい。人の執務室で犯罪計画を立てるのはやめろ」と、呆れたような、信じられないというような声が聞こえた。

 カミーユとエルヴィユ子爵家の庭で言葉を交わし、オペラを観に行く約束をしたその翌日。アルベールは仕事の一環として、国王であるテオフィルの執務室にいた。

 ベルクール騎士団の団長として、ミュレル伯爵として、報告がてら顔を出せと言われ、面倒ながらも仕方なくこの場を訪れているわけだが。

 相変わらずこの同い年の国王は、アルベールの恋愛事情に興味深い様子である。間違いなく、仕事よりもそちらの話題の方が時間を取っていた。



 休憩がてら、とは言っているが。……そこまでして、俺をこの国に置いておきたいのだろうな。



 柄ではないし興味もないが、英雄と呼ばれる自分は、周辺各国への牽制には丁度良い存在のようだ。だからこそ、早いところ身を固めて欲しいというのがテオフィルの本音だろう。

 騎士という性質上、護りたいものがこの国にあれば、決してこの国を裏切ることはないからだ。

 まあ、アルベールの場合は、早いところ結婚しなければ、年頃の令嬢たちの諦めがつかない、というのもあるらしいが。
 嘘か本当か知らないが、アルベールがカミーユに求婚してから、少しずつ婚約を結ぶ令嬢たちが増えて来たとかなんとか。まあ、アルベールにしてみれば、どうでも良い話なのだけど。

 執務室に備えられた来客用のソファに腰かけ、正面に座るテオフィルをしら、とした目で見ながら考えていたら、視線を感じたらしい彼は、アルベールと同じ色の瞳を眇める。「こう言ってはなんだが……」と、彼は口を開いた。