勢いのままに、テーブルの上に広がった食器類を払いのければ、床に落ちたそれらが軽やかな音を立てて砕け散った。周囲に控えていた侍女たちが、驚きゆえか、恐怖ゆえか、小さな悲鳴を上げる。



 有り得ない。有り得ない。あの方が、私以外の誰かに求婚するなんて。



「お嬢様、大丈夫ですか!? お怪我は……!?」



 侍女の内の一人が、はっとしたように慌てて声をかけてくるのを聞きながら、大きく息を吐く。そのようなこと、聞く意味もないだろうに。
 大丈夫なわけがない。



「……大丈夫よ。少し眩暈がしただけ。仕事を増やしてごめんなさいね」



 思いのままに言葉を発することも出来ず、静かにそう告げる。侍女たちは不安そうな顔で、「医者を呼びましょうか?」と問いかけて来るけれど、それには首を横に振った。

 眩暈がしたのは本当だ。けれどそれは、体調の如何ではなく、怒りゆえ。
 「大丈夫よ」と、もう一度繰り返した。



「あまりに衝撃的なことを聞かされたものだから……。あの方が、子爵家の令嬢に求婚、なんて」



 ぼそりと、溜息と共に零れるように呟けば、侍女たちはすぐに理解したようで、その眦を吊り上げる。
 「本当ですわ……!」と、その内の一人が声を上げた。



「誰よりも相応しい、お嬢様という方がありながら、まさか子爵家の令嬢に、なんて。……きっと、国王陛下から何らかの命令を受けたのでしょう。かの子爵家は、あの方と同じ騎士の家門というお話ですから」



 テーブルの上を再度整えながら、侍女はそう言葉を続ける。自分の事でもないのに本気で怒りを表す彼女の様子に少しだけ溜飲を下げる。



 そう。その通りだわ。あの方の意志なわけがない。そのようなことが、あり得るわけがない。