それからしばらくの間、アルベールはバスチアンと共に、他愛無い会話を続けた。その大半がカミーユの事で、自分の知らない彼女の姿を知るのは、これ以上ないほど楽しかったが。
 控えていた侍従に声をかけられて、アルベールは渋々席を立った。



「それでは、私はそろそろお暇致します。本日はお時間をくださり、ありがとうございました。また明日、お伺い致しますね」



 先程、話の中で決まった次の訪問について口にすれば、バスチアンは楽しそうに頷く。「期待しているよ」という彼に、アルベールもまた同じ気持ちで頷いていた。

 踵を返し、扉のもとまで進んだところで、そういえば、と思いアルベール足を止める。そのまま振り返り、バスチアンの方を見遣った。



「先日の騒ぎの後、何か変化はなかったでしょうか。周囲からの圧力や、接触など、私に関わる事で、不快に思われるような事は」



 ずっと気になっていたのだ。自分が思っている以上に、周りは自分のことを気にしているから。
 先日、パーティーのど真ん中でカミーユにプロポーズしてしまったことを、アルベール自身が後悔する事は無いけれど。少なくとも自分の妻の座、つまりは公爵夫人の座を狙っている令嬢やその家族に、カミーユが煩わされるのは、アルベールとしては許せない事だった。

 バスチアンは一瞬驚いたように目を瞠った後、苦笑混じりに「両手で足りないほどには、手紙が届いたな」と応えてくれた。

 思わず、眉根を寄せるアルベールに、バスチアンは「カミーユは知らないから、心配いらない」と言ってくれたけれど。
 これから家族になろうという人たちの気分を害する事そのものが、アルベールには気に入らなかった。



「そのお手紙、私がお預かりしても? 私の方から対応しておきますので」



 どうにかして、エルヴィユ子爵家に干渉しないように対処しなければならない。
 バスチアンはアルベールの言葉に頷き、すぐに侍従に件の手紙を持ってこさせる。トレイの上に乗せられた手紙は、確かに両手の指の数でも足りない程、山のように積まれていた。



「あの日から毎日のように届いているが、君に会うまではと何の返答もしていない。元々、この婚約話を白紙にするつもりだったが、一度君の話を聞いてみなければと、そう思ったからね。……慌てて返事をしなくて良かったよ」



 「今では、ぜひともこの話を進めたいと思っているからね」と言うバスチアンに頷き、アルベールは差し出された手紙を受け取った。
 ちらりと視線を流しただけでも、伯爵家や子爵家、果ては公爵家の名前まである。同じくらいの家格であればバスチアンでも対応できるだろうけれど、伯爵家以上の家門への対応は難しかっただろう。

 「期待に応えるためにも、こちらの対処はお任せを」と言い、アルベールは背後に控えていた自分付きの侍従にその手紙の束を渡した。

 エルヴィユ子爵の屋敷を出て、自分が乗って来た馬車に乗りこむ。座り心地の良い椅子に身を預けて、侍従から先程バスチアンから預けられた手紙を受け取り、それを眺めた。



「……さて、俺の最愛を煩わせようとは、……良い度胸をしている」



 どのようにして、そのような気を起こさせないようにすべきかと、アルベールは一人考え始めた。

 カミーユの心身を煩わせるものを排除する。それこそが、アルベールにとって最も重要な課題だったから。