一頻り三人で言葉を交わした後、アルベールはバスチアンと二人、サンルームから場所を移した客間で向かい合っていた。

 貴族の結婚は、基本的に自分ではなく親が決めるもの。令嬢であれば特にその傾向が強い。国王からの褒美があるとはいえ、公爵家の嫡男という、制約の多い生まれのアルベールもまた、すでに両親の了解を得た上でこの場に足を運んでいる。

 カミーユと結婚したいと申し出て、本人がもし了承してくれたとしても、目の前のエルヴィユ子爵が拒否すれば、それは叶わないのだ。だからこそ、こうして二人で話す時間を望んだ。アルベール自身が。

 ベルクール公爵家の嫡男であり、すでに伯爵という地位についているアルベールを前に、バスチアンは緊張した面持ちでお茶の手配をする。そんなに畏まる必要などないのだが、とアルベール自身は思うけれど、周りはそうはいかないのだろうということもまた、理解していた。



「それで、……わざわざカミーユを遠ざけて、私と話したいこととは、一体何でしょう?」



 警戒心も露わに訊いてくるバスチアンに、アルベールは僅かに苦笑してしまう。

 確かに肩書きは王族や、ベルクール公爵家の当主である父の次に仰々しいものだけれど、アルベールはあくまでもまだ二十九の若者であった。今年、五十の歳に差し掛かろうというバスチアンにここまで遜《へりくだ》られては、アルベールの方が居心地が悪いというもの。

 これは、早めに伝えた方が良いだろうなと、そんなことを思った。バスチアンの知らない、真実を。



「カミーユ嬢は、随分と立ち直りましたね。あの時は、もう無理かと思っていたけれど。……男相手に、言葉を発することさえも」



 運ばれてきた紅茶に手を伸ばしながら、のんびりとそんなことを口にする。案の定、バスチアンの方を窺えば、彼は奇妙なものを見るような目で、こちらを見ていた。

 「何のこと、ですか」と、バスチアンが警戒心を更に強めながら問うてくる。紅茶を一口啜り、それをソーサへと戻すと、アルベールは背後に控えていた従者に合図を送った。さっと、彼はある物を差し出してくる。それは。



「隠さずとも、大丈夫です。私はあの日、あの時、あの場にいました」



「それは、どういう……」



 ことでしょう、とでも続けるつもりだったのであろう、言葉が、バスチアンの喉の奥へと消えていく。アルベールが、従者から受け取ったそれを、ゆっくりと頭の方へと運んで。

 さらりと、いつもの自分のものとは違う、真っ黒な髪が、目の前で揺れた。