ミュレル伯爵邸にある、執務室。その隣に設けられた、要人用の客間。ソファに腰かけるアルベールを、予定もなく、急に、屋敷を訪れたテオフィルは、おかしなものを見るような目で見ていた。



「……いや、なんかやつれてないか」



 思わず、というように呟かれた言葉に、アルベールはじろりと瞳だけをそちらに向ける。ひくりと、テオフィルの頬が引き攣った。

 王宮の夜会で起きた騒動、その翌日に、カミーユから『真なる求婚』を受けてから、今日で一週間が過ぎていた。

 本当ならば、幸せの絶頂期であろう。誰よりも愛おしく、傍にいることだけを切実に願ってきた相手から、求婚されたのだから。もっとも、本人にそのつもりはなかったのだろうし、直接『結婚して欲しい』と言われたわけではないにしても、だ。



「……彼女に会えず、することがないからな。仕事ばかりしていた」



 ぼそりと呟けば、テオフィルは彼の向かいのソファに腰かけつつ、思わずというように笑っていた。「まあ、そんなことだろうとは思っていたが」と言いながら。



「仕方がないだろう。結婚式を行うという噂だけでも囮としては十分だと私が言うのに、お前と、お前の家が本気で一か月後に結婚式を行うことにしたんだからな。本来なら、お前程の位にある人間の結婚式は、少なくとも『真なる求婚』から半年はかけるものだ。最短記録では三ヶ月だったか」



 テーブルの中央に置かれた焼き菓子を手にしながら、テオフィルはその顔に浮かべた楽しそうな笑みを隠そうともしない。「それを一カ月で終わらせようというのだから、カミーユ嬢が忙しいのも当たり前だろう」と、彼は当然のように言った。



「残すところは、カミーユ嬢の衣装関連だと聞いたが。次期公爵夫人の結婚式のドレス制作ともなれば、一大行事だ。使い道がなくて溜めに溜めた金を、お前がカミーユ嬢のためにと湯水のように使って、方々の店の布やら靴やら宝石やらを買い込み、果ては各店のお針子まで雇ったものだから、さぞドレスを作る側にも気合が入っている事だろう。……何、後はたったの三週間程度だ。二年もの間、忘れられなかったことを思い返せば、早いものだろうさ」



 「大人しく仕事でもしていろ」と、すげなく言われてしまえば、ぐうの音も出ないというものである。アルベールとて、彼の言い分が正しいことを理解していたから。