「私はあの日、別の友人たちとオペラを鑑賞しにあのオペラハウスを訪れていたのですが、観劇を終え、外へ向かう途中に、バルテ伯爵令嬢たちが何やら集まっているのが目に入りまして。何をしているのかと声をかけたのです。彼女たちとも、面識があったものですから」



 ディオンが言うには、バルテ伯爵令嬢たちは、シークレットルームにいるカミーユに挨拶しに行く、と言っていたらしい。アルベールの忘れ物を持っているから、入らせてもらえるはずだ、と。

 英雄と呼ばれ、次期公爵でもあるアルベールを射止めた人物とはどのような女性なのか。気にならないはずもなく、ディオンは彼女たちについて行きたいと頼んだらしい。



「バルテ伯爵令嬢も含め、他の方々には何やら目的があったようですが、残念ながら私はそれを知りません。……あの場で失礼な物言いをしたことも、本当に申し訳なく思っています。雰囲気に流されたとはいえ、初対面の方に対する態度ではありませんでした」



 「本当に、申し訳ありませんでした」と、彼は再度、深々と頭を下げる。根は真面目な人なのだろう。頭を上げてもらうように告げた後、カミーユは微笑んで、「もう、あんなことはしないでくださいね」とだけ、言葉を返した。

 今回は、カミーユが男性恐怖症であるために、このような事態になっているのだが。見知らぬ他人が、自分や自分と親しい人間しかいないはずの空間に入り込んで来たら、誰だって恐怖を感じるだろうし、不快でもあるだろうから。

 ディオンはしっかりとその頭を縦に振ると、「肝に銘じます」と応えた。潔い返事に、思ったよりも良い人なのかもしれないと安心した頃、「良かったね、マイヤール卿」と、黙って話を聞いていたテオフィルが笑った。



「謝罪を受け入れて貰えて。夜会の会場で待ち伏せするくらいには、気になっていたんだろうから」



 からかうような言葉に、少しだけ気が抜けたように笑ったディオンが「本当に」と言って頷く。やはり悪い人ではないのだなと思っていたら、「マイヤール卿」と、隣から声が聞こえて顔をそちらに向いた。

 今までカミーユたちの会話を静かに見守ってくれていたアルベールは、真剣な面持ちでディオンの方を見ていた。



「バルテ伯爵令嬢たちの思惑が分からないということだが、そもそも彼女たちは、普段から共にいるほど仲が良かっただろうか。少なくとも私は、彼女らが共にいる所を見たことがないのだが」



 問いかけるアルベールに、カミーユは数度瞬きをする。社交界に顔を出すことが少なく、参加しても緊張し通しで、周囲に気を配る余裕がなかったカミーユからすれば、知る由もない話だった。

 反対に、アルベールもまた夜会などに出席する機会は少なかったようだが、断ることの出来ない重要な席には顔を出していたはず。彼が言っているのは、そういった場面でのことだろう。

 問われたディオンはといえば、アルベールの言葉に一つ頷くと、「私も同じ意見です」と答えた。