夜会の会場から抜け出した、王宮からの帰路。すっかり暗くなってしまった道を、ミュレル伯爵家の紋が入った馬車が進んで行く。質の良い車内は揺れが少なく、カミーユはただぼんやりと外を見つめていた。何を、見るでもなく。

 気を抜けば、ほんの少し前の光景が脳裏に浮かびそうで。目を閉じれば、今度は瞼の裏にいつかの光景が浮かび上がる。逃げられない記憶はいつもそこにあって、ふとした拍子に呼び起こされ、カミーユの心を苛んだ。

 先ほどの、夜会で起きた出来事のような酷似した状況は、否が応にも過去の出来事を思い起こさせる。振り払おうにも消えない、その記憶に呑まれないよう、必死に別の事を考えようと頭を巡らせて。

 「カミーユ」と自分を呼ぶ声に、はっとそちらを振り返った。



「大丈夫、か」



 問いかける声は、酷く哀しげで。すぐ隣に腰掛け、泣きそうな顔でこちらを見るアルベールに、カミーユは少しだけ驚いて、笑みを浮かべて見せる。「大丈夫ですよ」と応えながら。



「アルベール様が来てくださったから、私も、そしてあのご令嬢も、何事もなく切り抜けることが出来ました。本当にありがとうございました」



 本当に、心から感謝していた。自分の元に逃げて来たあの令嬢を見捨てることなど出来るはずもなく。しかし鍛えてもいない女の細腕で、同じく大して鍛えていないとはいえ、男の、それも二人の強行に、耐えることなど不可能だった。

 もしあの時、彼があの場に現れなかったら。想像しそうになり、慌ててその考えを振り払う。考えてはいけない。思い出すべきではない。
 結局は、肩を掴まれた程度で何事もなかった。だから、大丈夫。そう、自分に言い聞かせる。

 しかしアルベールは、そんなカミーユの言葉に納得できなかったようで。「私が甘かった」と、なおも苦しそうに、悔しそうに呟いた。



「使用人だけではなく、陛下に無理を言ってでも、騎士たちを配置しておくべきだった。私の家か、君の家の騎士に君を守らせていたならば、こんなことには……」



 その綺麗な顔に、深い後悔を滲ませて彼は言うけれど。そんなことは出来ないということくらい、カミーユにも分かっていた。

 王宮で、私兵となる騎士たちを護衛として連れてくることなど不可能であり、国王であるテオフィルに王家の騎士の配置を頼むにしても、カミーユの身分が低すぎるから。