「っうぁあ!?」


「その手を放せ」



 静かにその腕をねじり上げれば、男の口からは悲痛の声が上がる。みしみし、と音が聞こえた気がした。もしかしたら、骨に異常をきたしたかもしれない。

 そんなこと、どうでも良いけれど。



 この程度の痛みなど。……カミーユが感じた恐怖に比べれば。



 掴んだのが手首であるだけ良いだろうと思いながら、アルベールは怒りに任せてその腕を引き、その頭を掴んで、男の身体ごと床に叩きつける。「ぐっ!?」という声を上げて、男はその場に沈み、動かなくなった。

 その様子を見ていたもう一人の男も、アルベールが視線を投げたら、「ひっ」と声を上げてその場に座り込んでしまう。腰を抜かしたらしく、目を逸らすことも出来ずにアルベールを見つめながら、「申し訳ありません」と、何度も謝罪を繰り返すだけになった。



「カミーユ、大丈夫か……?」



「アルベール様……」



 男たちの様子を一瞥し、アルベールはカミーユの方へ向き直る。意識を失って伸びた男を跨いで一歩近づき、その肩に触れようと手を伸ばすが、そこで手を止めた。

 触れて大丈夫なのか、分からなかった。ただでさえ男性を恐れているというのに、このような状態に置かれているのだ。自分もまた、男であるという事実は変わらなかったから。

 そんなアルベールの逡巡を余所に、呆然とこちらの動きを見ていた彼女はしかし、アルベールの視線を受けて我に返ると、さっと後ろを向いてしゃがみ込んだ。

 アルベールは気付いていなかったのだが、そこには見ず知らずの、一人の令嬢が座り込んでいた。



「ほら、皆さんが助けに来てくれました。もう、大丈夫ですよ」



 穏やかな口調で、驚かせないように、カミーユは令嬢にそう囁く。身体を丸め、己を護るように両腕で頭を庇っていた令嬢は、おそるおそる顔を上げると、周囲を見渡した。ほっとした様子で息を吐き、肩を降ろす。ぽろぽろと、涙を流しながら。



「よ、かった……。わたし、怖くて……。助けてくれて、あ、ありがとう、ございました……!」



 令嬢はカミーユの手を握り、嗚咽の合間にそう呟いていた。青白い顔に優しい笑みを浮かべながら、「私は何もしていませんわ」と言うカミーユの姿に、何があったのかを推察する。

 もしかしたら、先に彼らに襲われそうになったのは、目の前にいる令嬢なのかもしれない、と。カミーユは元々この部屋にいたから、令嬢が助けを求めたのだろう。それを庇っていたからこそ、助けてくれて、という言葉が出るのだろうから。



 ……男というだけでも、恐ろしかっただろうに。



 それでも前に出て別の令嬢を庇うカミーユの姿を思い浮かべれば、それだけで胸が苦しくなる。