「アルベール様……っ!」



 声が聞こえた。ただひたすらに愛おしい人の、自分を呼ぶ、必死な声が。切実な声が。

 今回の夜会に呼ばれたのが、騎士としての自分でなく、貴族としての自分で良かったと、アルベールは心の底からそう思った。もし、会場の周辺を守護している騎士たちと同じように、この手に届く所に剣があったならば。

 瞬きをする間を与えることもなく、この場には二つの遺体が転がっていただろうから。



「本当に、良い度胸をしている」



 目の前に広がった光景に、アルベールはそう呟いた。

 本当に、良い度胸をしている。王宮というこの空間内に自分がいるのを分かっていながら、カミーユに手を出そうとするとは。

 余程、命を捨てたいのだとしか思えない。

 かつん、かつんと音を立てて部屋の中を進む。びくりと、視線の先の二人の男の肩が揺れるのが見えた。



「ま、待ってくださいよ。英雄閣下。俺たちはまだ……」



「そ、そうそう。まだ何もしてないですって」



 どこの侯爵家の息子だったか。どこの伯爵家の者だったか。
 言葉を発した男の手は、相変わらずカミーユの肩の上にある。アルベールの姿を見つけ、彼女は少しだけほっとしたような表情になっているけれど。

 その真っ青な顔色が、彼女がどれだけ恐ろしかったのかを如実に伝えていた。



「それがどうした」



 ぽつりと、アルベールは呟いた。まだ、何もしていないというのだ。彼らは。まだ、何もしていないではないかと。

 いつかも聞いた台詞だった。まだ、何もしていないから良いのだ、と。震える少女を前に言い放った者たちの姿が脳裏に浮かぶ。
 彼らにとってはまだであったとしても、その出来事によって男性を恐れるようになってしまった少女を、アルベールは知っていた。だから。

 目の前にいるこの者たちの事も、許すことなど出来るはずもない。

 アルベールの表情を目にした男たちの顔が、恐怖に染まった。何を言うべきか分からないというように、唇を震わせている。



 俺が来なければ、その何かが起きていたということだろう。



 かつん、かつんと音が響く。背後の、破壊され、床に倒れた扉の向こうに、人の気配が近づくのを感じた。おそらく、今回の夜会の主催者である、国王テオフィルが、人を連れて来たのだろう。彼の静止を振り切り、一人ここまで駆けて来たから。

 本当に、良い度胸をしていると思った。王宮という、もっとも人々を警戒しているこの建物の中で、彼らは小細工までして、自分をこの場に近寄らせないようにしていたのだ。

 かつん、と最後の音を立てて、アルベールは男たちの前に立つ。カミーユに触れた男の手を掴めば、痛みゆえにか、男の顔が一気に歪んだ。