「どちらにせよ、陛下はこの婚約に賛成、ということだろうな。……王命とは言わないと書いてあるが、陛下からの言葉に一子爵家が逆らえるわけもないのだが……」



 ぼそりと呟くバスチアンに、カミーユもまた頷く。少なくとも、早々に断るという選択肢だけはなくなった瞬間であった。

 執務室を出て、自らの部屋へと戻る途中、「お姉さま!」と呼び止める声があってカミーユは廊下の真ん中で足を止める。振り返れば、ぱたぱたと走り寄る足音と共に、その長い金色の髪を揺らす、カミーユの妹、エレーヌの姿があった。その後ろには、彼女によく似た容姿の子爵夫人、母であるアナベルの姿も。

 カミーユに駆け寄って来たエレーヌは、心配そうな表情でカミーユの手を取り、「大丈夫? お姉さま」と訊ねてくる。主語のない問いに、しかし考えるまでもなく妹が何を言いたいのかが分かって、カミーユは柔らかく微笑んだ。妹を不安にさせないために。



「大丈夫よ、エレーヌ。何とかしてお断りすれば良いだけだもの。私が男性恐怖症だから、公爵家の夫人には向いていないって分かれば、ブラン卿の方から断って頂けるはずだわ」



 自分自身の願いを込めながら、カミーユはエレーヌにそう優しく呟く。エレーヌはその両手を胸の前で合わせて、「本当?」と、やはり心配そうに呟いていた。

 カミーユとエレーヌは、年こそ一つしか違わなかったけれど、あまり似ていない姉妹であった。カミーユが父、バスチアンに似て、亜麻色の髪ときりりとした顔立ちなのに対し、母、アナベルに似たエレーヌは、金色のふわふわした髪と二十三という年齢の割にどこか幼く見える、甘やかな顔立ちをしている。初めて二人を見た者は、姉妹だとは気付かないかもしれない。もっとも、角度によっては赤く見える、父譲りの茶色の瞳だけはそっくりであったが。

 いつも愛らしいエレーヌと比べられていたカミーユが、妹の事を嫌わないでいられたのは、妹のおっとりとした性格のおかげだろう。人見知りでいつもカミーユの陰に隠れようとする彼女は、今になってもカミーユにべったりである。おそらく、その役目もそろそろジョエルに譲ることになるだろうけれど。

 それはそれで、少し寂しいものだ、なんて、そんなことを思った。