蘭様には、王族専属のピアニストとしての仕事を奪われ。
 居住地を奪われた。
 すべては冤罪だけど、こっちの言い分が通るわけもなく…。
 言われるがまま受け入れて、過ごしてきた。
「いくら、王弟とはいえ次にマヒル様に何かしようものなら、スカジオン王国が黙っていません」
「バニラ~、国を動かすのだけはやめてねえ」
 バニラが言うことは洒落にならないから怖い。
「さすがに隣国の姫君を路頭に迷わすのは、イカれてますもんねえ」
「路頭には迷ってないからね!」
 太陽様にツッコミを入れながら、馬車は宮殿のほうへと向かっていく。

 一体、何の用なんだろう。
 緊張とムカムカした気持ちが重くのしかかる。
 恐れているのは「国に帰れ」と言われることだ。
 私がこのティルレット王国に来るのに色々と捏造しているのを疑問に思われたらアウトだ。
 テイリーや緑目の男が上手くやってくれているはずなんだけれど。
 …蘭様の考えていることはわからない。

 応接室に入ると、蘭様は立っていた。今回は一人だ。
 サラサラの黒髪は天使のわっかの如く光沢が見える。
 褐色の肌、すらりと伸びた手足。
 碧色の目はじっとこっちを見つめる。

 蘭様は私が一人で来なかったのを驚いていたみたいだけど、特に咎めることはなかった。
 挨拶もそこそこに座るように言われたので、私と太陽様はソファーに座った。
 バニラは後ろにそっと立った。
「まずは、謝罪をさせてほしい。申し訳なかった」
 蘭様は頭を下げて、すぐさま顔を上げた。
 いつも、要点だけを願う自分にとって。ピンポイントすぎる蘭様の言動に「何を?」と口走ってしまった。

「先日、テンマ騎士を処罰した」
 私はまばたきを二回ほどして「そうですか」と相槌を打った。
 窓から入ってくる日光と、爽やかな風。
 お昼寝したら心地良いんだろうなあと、別のことを考えてしまう。
 太陽様は黙っている。
 蘭様は唇を一文字にしたかと思うと、「ああー」と声を漏らした。
「あの男は、寝室に侵入してカレンを襲おうとした」
 恐らく、言うのをためらったんだけど。
 正直に話すことを決断したのだろう。
 蘭様は言い終えると、じっとこっちを見た。
「そうですか」
 それ以外に、何が言えるんだろう。これと言ってかける言葉がない。
「テンマ騎士は先代から仕える優秀な人だった。だから…」
「きちんと、カレン様と話されたのですか? 話されたなら良かったですね」
 言い訳なんぞ、聞きたくもない。
 あえて、冷たく言う。
「マヒル殿には、会わせる顔がない」
「でも、会って謝罪してくださいました。誤解が解けて良かったです」
 作り笑顔で言うと、蘭様は目を見開いてこっちを凝視した。
「それでな…ほんっとに失礼を詫びるとして…お願いがあるんだが」
「何ですか」
 蘭様は目をそらす。
「また、子供たちにピアノを教えてほしいんだ。ルピナスはマヒル殿に会いたいってずっと言っていてな…」
「お断りします」
 蘭様の大声に負けじと大声で言ってしまった。
 後ろにいたバニラが「マヒル様!」と叫ぶ。
「セシルさん?」
 隣にいる太陽様が不安げにこっちを見る。
「私じゃなくても、きっと優秀なピアノの先生はいるはずです」