半袖、半ズボン。
 20代前半、鋭い目は鷹を連想させるような怖い目。
 髪の毛はツーブロックにして真ん中は鶏のような鶏冠(とさか)を連想させる髪型。
 背は高くないだろう。170cmはないと思う。
 どう見ても、殺し屋にしか見えない風貌に脅える。
「たださ、俺とカイしか住んでないからムサくるしいけど、大丈夫か?」
 見た目によらず、やさしい…と感じた。
 バニラはずいと前に出て「是非とも、泊まらせてください!」と大声で言った。

 男が案内してくれた客室らしき部屋にはシングルベッドが一つとサイドテーブルがあるだけの非常にシンプルな部屋だった。
「2人で寝るにはちょっと狭いかあ…」
 男が言うと、バニラは「はいっ」と手を挙げて、
「大丈夫です。そこは、なんとかします」
「そうか? 一応、居間に布団も準備しておくからな。狭かったら居間で寝てくれ」
 見た目によらず、この男は優しいに違いない。

 泊まる部屋と、トイレ、シャワールームを案内され。
 最後に居間にやって来た。
 居間には、教科書で見るような囲炉裏があった。
 鍋がぐつぐつと煮えているのが見える。
「この国に囲炉裏はあるんですねえ」
 と目を輝かせて、バニラが言った。
 この家全体がティルレット国にはない珍しいものばかりだ。

 囲炉裏の前に座ると。
「俺の名前は、サンゴ。こいつは、カイ。夕食の準備すっから」
「ありがとうございます。わたくしは、バニラ。こちらはマヒル様です」
 バニラが丁寧に挨拶してくれて、私はぺこりと頭を下げる。
 男…もといサンゴさんは私の顔を見ると、カイくんの方をみて、
「おまえが言ったとおりだな」と言って笑った。

 サンゴさん一人で準備できるのかなと思ったけど。
 慣れているのか、サンゴさんはてきぱきと夕飯の準備を始めた。
 カイくんが進んでお手伝いをしている。
 サンゴさんが作ってくれたのは、野菜がたっぷりと入った鍋料理のようなものだ。
「まあ、この味付けは味噌ですか?」
 バニラが感嘆の声を上げる。
「詳しいんだな、バニラさん」
「世界中の食べ物に興味がありますので。この国で味噌が食べられるとは」
 お腹がすいていたので、私はパクパクと口に食べ物を放り込んだ。
「カイが、どっかの国のお姫様が住んでるっていうからさ。あんた達のことだったんだな」
「カイくんは…私達のことサンゴ様に話されていたのですね」
 お腹が満たされて、頭がぼやぁーとする。
「俺のことはサンゴ様じゃなくて、サンゴでいい。下っ端なんだから」
「下っ端というのは、サンゴ様は騎士団の人間なのですか?」
 様付けしなくていい…と言っているそばからバニラは「サンゴ様」と言い放つ。
「…見るからにわかんだろ」
 サンゴさんは低い声で言うと、自分の右肩を見た。
「腕を失われたのは、やはり…戦争で?」
 こういうナイーブな話、聞いちゃっていいのかと思うが。
 バニラは遠慮なく真剣な顔で言った。
「一年前に…。戦いの最前線であっさり敵に切られた。それで、俺はお役御免だ」
「まあ! 片腕だという理由だけでこのような所に飛ばされたのですか」
 バニラの大胆な言葉に、よく言えるなと額から汗が流れる。
「いや…上からは、片腕でも出来ることあるって残るように言われたけど。俺は自分で今の生活を選んだだけだ」
「そうでしたか…」
「お宅らは? 海外の姫君が何で家をなくした?」
 姫君じゃないんだけどな…と思いながらも。
 蘭様に言われたことを、端折って説明すると。
 カイくんが、スケッチブックに大きく「ひどい!」と書いた。
「まあまあ、カイ。怒るなよ。おまえ、先にシャワー浴びてこい」
 サンゴさんに言われ、カイくんは頷くと居間から離れて行った。

 時々、ぱちぱちっと薪の燃える音が聞こえる。
 カイくんがいなくなったのを確認するようにサンゴさんが周囲をわざとらしく見回した。
「カイは、見ての通り。喋れないんだ」
「そうでしたか。だから、スケッチブックで文字を書いて、コミュニケーションを取られていたのですね」
 バニラは、その場に置いてあるカイくんのスケッチブックを見た。
「普段は屋敷で掃除とかの雑用係やってるけどさ。他にもカイみたいなガキどもいたの見ただろ?」
「そういえば…いましたね」
 カスミさんとのお茶会で、じろじろとこっちを眺めていた男の子たち。
「あいつらは、集団で暮らしているんだけどな。カイは、周りに馴染めなくて。俺が引き取った」
「そうでしたの、てっきりご兄弟かとばかり」
 バニラの大袈裟なアクションにサンゴさんは苦笑した。
 うーん、兄弟には見えないけど。

 なんだか、カイくんとサンゴさんの事情を知って、しんみりしてしまう。
 …いや、私も私で辛いんだけど。