馬車に乗る際、御者の人にお礼を言おうと御者席を見ると。
 窮屈そうに座っている一人の男がいて、「え、何で!?」と叫ぶ。
「メグミ様、ありがとう…ございます?」
 何でこんなところにいるんだろうと突っ込みたいけど。
 バニラが「早く乗ってください」と急かすのでお礼だけ言って馬車に乗り込む。

「バニラ、メグミ様と知り合いなの?」
 真っ暗な空間の中で、目の前に座っているバニラに質問すると。
 バニラは静かに笑ったように見えた。
「マヒル様、気づいてなかったんですか?」
「え、何を?」
「此処は、王家の領地ですもの。見張りはいます」
 バニラの言葉の意味が分からず、うーん? と考える。
 暗闇の中にぽつぽつと外灯があって、道を照らしている。
 村の中でも、定期的に騎士の人達が巡回しているのは見たことあるけど。
 メグミ様はローズ様の直近の部下なはず。
「え、私。監視されてるの?」
「監視というより、護衛かと思われますわ。マヒル様が国王との噂になったくらいから、メグミ様は近くで見守られているようです」
「全然気づかなかった!」
 思わず大声を出すと、がくっと馬車全体が揺れた。
「ふふ。マヒル様が思っている以上に、マヒル様は国王に守られているのですわ」
「…うーん。そうなのかなあ」
 身体がふんぞり返りながらも、急にでこぼこした道を通って。
 静かに馬車が止まる。
 先にバニラが降りて、手を貸して降ろしてくれた。
「ここで、待っていてもらえますか? すぐに戻りますから」
 バニラがメグミ様と話している様子を見ていると。
 やっぱりこの子のコミュニケーション能力は偉大すぎる。

 辺りは真っ暗なので、ぶっちゃけ道がよくわからないけど。
「こっちですわ」とバニラが案内してくれる。
 ランタン片手に、どうして道がわかるのか不思議だ。
「ねえ、バニラはメグミ様のことどう見てる?」
 バニラに質問すると、バニラは耳元で、
「メグミ様、近くにいるようなので気をつけて」
 と言ってのけたから、ぎゃーと飛び跳ねた。
「俗に言う忍者なのでしょうね」
「にんじゃ…そっか。それくらいのスペックないと国王の右腕は務まらないかぁ~」
 暗闇にしても、あの巨体なんだからバレそうなものだというのに。
 気配を消して、どこかで見守っている。
 うかつに外で悪口なんて言えたもんじゃないわ。

 白色のワンピースに薄手のカーディガンをはおっただけなので。
 腕をさすさすと撫でる。
 バニラに案内されて歩いていると、すぐに講堂に辿り着いた。
 いつもは馬車乗り場から5分以上は歩くというのに…
 講堂の扉を開けるとやっぱり施錠されてなくて。
 中に入って、ピアノの譜面台に目的の楽譜は置きっぱなしにされている。
「あー、良かったあ。あったー」
 バニラに近寄って楽譜を見せる。

 講堂を出て、さあ帰ろうとした時。
 50代くらいの男性と20代くらいの女性の…恐らく聞いたことのある女性の声がする。
 私はピアノのスペックがあるので、耳だけは良い。
 何故、こんな夜中にカレン様の声がするのか。
 講堂は宮殿から離れているし、此処は村の人間たちだって出入りしようと思えば出来る。

 気づいていたが、関わりたくはないので。無視しようと決め込む。
 だけど、バニラが「あら?」と言って視線を遠くに向けるので、仕方なくそっちを見た。
 照明の下でカレン様らしき女性と騎士団の制服を着たオッサンが何やら言い争っている。
 これは、絶対に関わっちゃいけない。
「行こう、バニラ。早く戻らなきゃ」
「よろしいのですか? お困りの用ですけど」
 バニラがカレン様のほうに目くばせする。
「私は良い子じゃないのよ」
 正義感が高く、心の優しい子だったらすぐにカレン様のところへ助けに行くだろう。
 あいにくだが、私はそんな優しい心は一つだってもってない。

 そっと歩き出すと。
 遠くから、「お待ちになりましたか? 先生」と叫ぶ声が聞こえた。