王族の関係者が住む村は3つほどあり、
 A村、B村、C村だと仮に名付けて。
 私はA村に住んでいて、そこから馬車に乗って王族の宮殿近くまで行き、
 馬車を降りて歩いて、講堂まで行くことになっている。
 引っ越した翌日、王族の方にピアノを教えることになっていた。
 てっきり、宮殿まで行くのかなと思っていたけど。
 それは、さすがに甘い考えで。
 宮殿に入ることは出来なかった。

 王族が使用している講堂でピアノを教えるらしい。
 ジャックさんに地図を書いてもらって、それを頼りに歩いているのだけれど。
 一向に、講堂に辿り着けない。
 一本目を左って書いてあるけど、多分、一本目を間違えて奥に進んでしまったみたいだ。
 誰かに道を()こうにも、誰一人歩いていないし、
 さっきから同じ風景で目印がない。
 何で、看板ないのかなあ?
 だんだん、待ち合わせ時間が迫ってきて、額から汗が噴き出してきた。
 初日から遅刻なんてしたら、クビ確定じゃないか…

 どうしよう、どうしよう…
 焦っているところに、甘い匂いがよぎった。
 花の匂いだ。
 ええいっと走って木々をすり抜けると、目の前には一面の薔薇が咲いていた。
 残念ながら、人の気配はない。
 ピンク、赤、白、黄色・・・
 色鮮やかな薔薇はあまりにも立派で、「すごい…」と声を漏らす。

「そこで、何をしている」

 低い、男性の声にビクッと声を震わせて振り返った。
「わっ」と驚くと、相手の男性も私を見て「あっ」と声を漏らした。