忘れ物をした…と気づいたのは、寝る前にピアノを弾いているときだった。
「ああっ」と電流が走ったかのように、講堂に楽譜を置きっぱなしにしていたのを思い出したのだ。

 講堂に行くのは一週間後。
 まだ暗譜していないから楽譜は必須。来週までには覚えて弾いて確認しておきたい。
 自分の国とは違って、この国は簡単にコピーが出来るわけじゃない。
 あの講堂、普段は施錠していないみたいだし。
 誰かに盗まれたりでもしたら面倒臭そう…

 自分のうっかりを嘆く。
 取りに行ったほうがいいよねえ…
「バニラ、今から講堂の方って行けると思う?」
 普段は御者に頼んで馬車に乗ってもらっているんだけど。
 歩いて行くにはちょっと距離があるし…
 恐る恐るバニラに言うと。
 読書中だったバニラは「まぁ!」と驚いた顔した。
「大丈夫ですわ。手配します」
「え、本当に大丈夫? 夜中だけど」
 バニラはにっこりと笑って俊敏に走って玄関の外へと出ていく。
 暫くすると、
「マヒル様、ご用意が出来ましたわー」
 と言ってのけるから驚きだ。