周りを見るけれど、侍女の姿もなければ。母であるカレン様の姿もない。
「どうされたんですか?」
 ルピナスの目の高さにしゃがみ込む。
 サングラスをしているので、表情は読み取れない。
 ルピナスは指をさす。
「向こうに何かあるのですか?」
 今度はルピナスは私の腕を強くつかんだ。
 ぐいぐいと掴んで向こうを指さすので、ついてこいってことなのだろうか?
 私が立ち上がると。
 ルピナスはこっちを振り返りながら、走り出す。

「どこへ、行かれるのです?」
 王子様を追いかけて走り出す。
 何で、一人なのだろう?
 本人に訊こうにも、喋らないだろうから…
 そういえば、一度ももルピナスの声を聴いていない。
 喋らないのか、それとも喋れないのかはわからない。
 こっちから質問するのも失礼だし…

 私だったら迷子になるであろう道をルピナスは迷うことなく、すいすい通り抜ける。
 やがて、目の前にででーんと大きな門が見えてきて、ルピナスは立ち止まった。
 いきなり、ルピナスと私がやってきたものだから、立っていた門番は困惑の表情を見せた。
「此処は、関係者以外立ち入り禁止です」
 20代であろう騎士団の制服を着た門番に「ですよねー。ごめんなさい」と謝る。
 門の向こう側には何人かの騎士たちが歩いているのが見える。
 国家騎士団の施設であることは明白だ。
 ルピナスは門の前で、じっと私を見て。
 指をさす。
「ルピナス様。私たちはこの先に入ることは出来ないのです」
 しゃがみ込んでルピナス様に言うが。
 ルピナス様は私の腕を掴んで。
 向こう側を指さす。
「ルピナス様。この先にはいけないんですって」
 何度も説明するが、ルピナスは掴んだ手を放さない。
「ルピナス様。ルピナス様のお父様に頼んではいかがでしょうか?」
 力いっぱい掴んだ手の上にそっと、手を乗せて言うと。
 ルピナスは、力を緩めた。
 サングラス越しだけれど、じっとこっちを見ているのがわかる。
「うっ…うう」
 肩を震わせたかと思えば、ルピナスの頬に涙が流れている。
 嗚咽を漏らしながら「わああ」とルピナスが泣き出した。