あれは、小学三年の夏休みだった。列車から降りると、駅前にアイスキャンディー屋の自転車が停まっていた。
「父さん。アイスキャンディー食べたい」
「おじいちゃんちに行ったらスイカもサイダーもあるぞ。それまで我慢しろ」
父はそう言って、ぶら下げていた風呂敷包みの一升瓶をかかえた。
「もうすぐ着くから我慢ね」
母もそう言って、日傘の影を俺に被せた。
「はーい」
俺は返事をすると口を尖らせた。
バスを降りると、祖父の家まで農道を走った。
「ころぶなよーっ!」
父の声が背後から聞こえた。
大きな欅がある祖父の家の玄関先には、盆提灯が飾られていた。
「おじいちゃーん!」
引き戸を開けると大きな声で呼んだ。
「おー、ケン坊。よう来たなぁ」
甚平姿の祖父が団扇を片手に急いでやって来ると、俺の頭を撫でた。
「ケンちゃん、いらっしゃい」
伯母も笑顔で迎えてくれた。
「暑かったろ? 井戸にスイカやラムネがあるぞ。何がいい?」
祖父が訊いた。
「ラムネっ!」
思わず大きな声が出た。
「アッハッハ! よっぽどのどが渇いてたんじゃな。どれどれ、いま持ってこよう。冷えてるぞぉ」
待ちきれなかった俺は祖父のあとをついて行った。
「ゴクッゴクッ……」
飲み終えると、カラン! と、ビー玉が音を立てた。
仏壇の脇にある盆棚には、精霊馬のキュウリが飾られていた。麦茶を飲みながら少し休憩すると、家族で祖母の墓参りに出掛けた。
夕方、茶の間の隅に置いてある蚊遣り豚が扇風機の風に煙をくゆらしていた。テレビを観ながら伯母と母が作った精進料理やちらし寿司を食べていると、祖父が子供の頃の話をしてくれた。
「じいちゃんの子供の頃はテレビなんかなかったからな、近所の悪がきどもと缶けりしたり、竹馬に乗ったりして遊んどった。それと田んぼでザリガニを捕まえたり、カエルを捕まえたりな。ほかにも竹とんぼを作ったりして遊んだもんじゃ」
「たけとんぼって?」
「竹で作ったトンボじゃ。竹と小刀があればできる。あした作ってやろう」
「ホントに?」
俺は目を輝かせた。
「ああ」
祖父は目を細めると、うまそうに酒を呑んだ。
夕食のあと、縁側で西瓜を食べていると軒下に吊った風鈴の音がした。
チリン
夜は祖父が吊ってくれた蚊帳の中で、両親と川の字になって寝た。
翌日、近くの竹やぶから切ってきた竹で祖父が竹とんぼを作ってくれた。
「できたぞ」
それは、羽が付いたトンボの形をしていた。
「スゴい」
「両手を合わせ、手の真ん中じゃなくて指の付け根あたりで平行にして竹とんぼを持つんじゃ。利き手を使って回転させながら、利き手を一気に押し出してサッと引けば飛ぶ。ほら、こうじゃ」
祖父はそう言って腰を上げると、空に向かって竹とんぼを飛ばした。
「わあー、飛んだ」
「ほら、やってごらん」
竹とんぼを拾うと俺に差し出した。俺は見様見真似で竹とんぼを回して手を離した。すると、少し飛んだ。
「うまいうまい、もう少しじゃ。一気に押し出して、サッと引いてごらん」
祖父に教えてもらったとおりに何度も練習すると、上手に飛ばせるようになった。
「大したもんだ。玄人跣じゃ」
「ぼく、裸足じゃないよ」
「アッハッハ! そう来たか。オチもうまいな。それ、ケン坊にプレゼントだ」
祖父はそう言って、俺が持った竹とんぼを見た。
「ホントに? やったー」
俺は感激すると、縁側に腰を下ろしている祖父に笑顔を向けた。
帰る日、盆棚には牛に見立てたナスが飾られていた。帰り際、
「ケン坊、また遊びにおいで。今度は竹馬を作ってやろう」
祖父はそう言って、俺の頭を撫でた。
「うん!」
俺は元気よく返事をすると、母と手を繋いだ。もう一方には竹とんぼがあった。振り返ると、祖父と伯母が手を振っていた。……それが、最後に見た祖父の姿だった。
あれから二十年が経つ。三年前に結婚した俺はもうじき親になる。できれば男児がいい。祖父と父のように、一緒に酒を呑みながら語らいたい。
久しぶりに、机の引き出しから竹とんぼを出した。そして、小さな庭で飛ばした。秋の夕空に向かって飛ぶ竹とんぼはまるで、天国の祖父に俺の想いを伝えるメッセンジャーのようだった。
完