「…私、クビですね…。あんなことも対応できないなんて…。あの時、黒川さんが来てくれなかったら、私…」

 タクシーの中、ようやく落ち着いたらしい彼女は下を向いたままポツリとそうこぼした。

「君は悪くないだろ。初めてのバイト先であんな客に来られたら困るに決まってる。間が悪かっただけだ」

 人の励まし方など分からない。
 それでも俺の口からそんな言葉が、良くすんなりと出てきたものだと思う。

 彼女は少し顔を上げた。

「私…二回も黒川さんに助けていただいて…」

 彼女は教えられたばかりの俺の名前を呼んでくれた。
 しかし、

 二回?
 今日は確かにそうなるけれど、二度もあっただろうか?

 そんなことを考えているうちに、俺の自宅近くに着いた。

「…じゃ、俺はここで。また」

 すると彼女はすぐに俺の服の袖を引いた。

「わ、私も降ります…お礼…したいです…」

「疲れてるだろ、今度会った時でいい。…これ、連絡先。じゃ」

 俺は急いでそう言って連絡先を紙に書いて手渡し、彼女のために代金を多めに支払ってタクシーを見送った。


 しかし自分の家に帰ってきた俺は今日自分がしたことが信じられず、眠ることができなかった。

 初めて他人をかばい、とうとう自分の連絡先を彼女に渡してしまった。
 連絡など来るはずはないのに。

 俺はただ、彼女にたまに会えれば…
 彼女を自分の腕に収める妄想が出来れば…

 誰かと関われば、そのうち自分が傷付くだけなのは分かっていた。
 それなのに、よりによって自分の気になるあの彼女に俺は…