君がくれた幸せ

 近くで音がする。
 この夜の雨の中を走る、馬車の車両の音。

 それが誰であろうと、彼女を助ける最後のチャンスかもしれない。

 バラドは娘を濡れないよう木の下に寝かせると、馬車の向かう方に走った。
 そして見世物ショーでも出したことがないほどの大きな声で叫ぶ。

「…頼む…助けてくれ!!」

 彼の声が聞こえたらしく、馬車が慌てて止まる。

 飛び降りてきた御者のあとに馬車から現れたのは、貴族らしい若夫婦だった。

「あなた…!やっぱり人間よ!」

「…どうした、ずいぶんと珍しい姿だが?何かあるのか?」


 …幸い彼らは自分が何者なのかを知らないらしい。

 彼はすぐに夫婦を娘のもとに案内した。
 しかし、

「…金はあるのか?無ければ娘は助けられない」

「…。」

 やはり予想通りの答え。
 理解していたことだが、直面するとやはり何も言えなくなってしまう。
 それでも彼は濡れた地面に頭を擦り付けるようにして夫婦の前で乞う。

「…彼女を、助けてくれ…なんでもする…!頼む、医者に…」

 たとえそのあと自分がどうなろうと、今はあの彼女だけでも。
 真っ正直な彼はそれだけを願った。

「…何でもすると言ったな…。まあいい、まずは彼女だ」

 夫婦が馬車に戻るとしばらくして、御者は雨土で汚れぐったりと体を横たえた娘をボロ布で包み、彼女の小さな荷とともに馬車に乗せた。