君がくれた幸せ

「ねえバラド、運命って信じる?」

 いつものようにやってきた彼女は、彼のいる檻の前で空を見上げる。

 彼はこの頃は彼女の話を聞くうち、少しは彼女の戯れ言に付き合ってみてもいいと思い始めていた。

「…さあな」

 彼の素っ気ない返事も気にせず、彼女は続ける。

「私はね、信じる。でもいくら占いに出ても、私にも夢はあるわ。私だって本当は魔女じゃないもの。私はいつか誰かと一緒になって、そして子供も出来るようなの」

「そうか」

 またも彼は素っ気なくそう返事をした。
 しかし彼女は真剣な表情で彼をまっすぐに見据える。

「…でもそれは、あなたがいい。そして、あなたがあやしたあの男の子がいい」

 彼女はいつかの占いで、未来の自分のそばには少年が見えたと言っていた。
 しかし、

「ありえない」

 彼はそう言い切る。

 自分は今、“野獣の子”として見世物小屋の檻の中。
 それがいつか人間の子をあやしながら育てることになるなど考えられない。

「…私、占いでは自分の結婚相手と子供は見えなかった。きっと私の中に、占いの結果に対しての迷いがあるから…でも…」

「ありえない」

 彼はすぐさま彼女の言葉をきっぱりとそう遮り檻の奥へ体を向け、「もう寝ろ」と呟いた。

 少ししてようやく彼女の去っていく気配がする。


 彼は今まで自分の立場をとやかく言ったことはなく、ずっと運命に流されるようにして生きてきた。
 孤児院で無実の罪を着せられた際にも黙って受け入れた。

 彼は今まで人間らしく扱ってもらった覚えがない。

 その点、彼女は見世物小屋でも『魔女』と言われたほどの売れっ子の占い師。

 彼女のおかげで自分は人間らしく“他者と交流する”ということを初めてすることが出来た。
 しかし、自分がこれ以上人間らしく生きていけるとは到底思えない。

 きっと、これからもずっと…


 彼女は次の日の夜もその次の夜も、彼のいる檻のそばに来ることはなかった。