君がくれた幸せ

 突然、大人数の足音がする。

 真夜中のこの見世物小屋のある敷地に押し寄せてきたのは、老若男女の人々だった。

 皆口々に小屋の者たちの名を呼び掛けている。


「“野獣の子バラド”、やはりここだったか」

 バラドと小屋の主人のもとに来たのは、昨晩出会った若い貴族の男だった。

「主人、見世物小屋の解体を要求する」

 突然の男の言葉に、主人は唖然とする。

「ここに来たのは彼らの親族や、仕事の担い手を探す人々だ。ここの者たちの素性や評判を聞き集めて急遽集まってもらった。私は幸いなことに仕事で旅をすることがしょっちゅうで、なんせ人脈が広くてね」

 男はそう言うとバラドの縄を解き、ゆっくりと立たせた。

 主人は気付き慌てて男に詰め寄るが、男は一言。

「昨晩出会った彼の身辺を調べていたら、同時にここの劣悪な環境も明らかになった。すぐにでも公になるだろう」

 しばらくして見世物小屋の主人は、見世物小屋の者たちの誘拐、バラドへの拷問などを問われ保安局に捕らえられていった。


「バラド、君は私について来てくれ」

 若い貴族の男は馬車に娘とともに積まれていた彼女のあつらえた服をバラドに渡すと、彼は水を浴びて体を拭きそれに着替える。

 彼女の作った彼のための服は、彼女の使っていた上質な布を縫い合わせたものだった。


 ともにいてはいけないと思った。
 彼女が本当に望んだのはともにいることではなかったはず。

 彼女の占いの結果通りになるとは思えないが、それに沿うよう生きたほうが彼女のためだと思った。
 自分が彼女の望んだ生き方をするには、二人は別れなければ叶わないのだと。

「…俺は、あの彼女のもとには行かない。ただ、これからも俺は生きる。彼女には幸せになってほしいと伝えてくれ」

 バラドの言葉に貴族の男は口を開きかけたがやがて黙ったまま頷き、彼を馬車に乗せた。