「ブラントさま、わたくしここまでで大丈夫ですわ。お忙しいでしょう?」


 けれど、そんなブラントの想いはつゆ知らず、ラルカはそう言って無邪気に微笑む。

 王女であるエルミラの執務室は城の西側に、王太子であるアミルの執務室は東側に存在する。同じ城の中とは言え、広大な建物だ。移動にはかなりの時間を要する。
 単純にブラントを思い遣っての発言だと分かっているが、彼はゆっくりと首を横に振る。


「いえ、僕は一秒でも長くラルカと一緒に居たいので」


 このまま送らせてください――――ブラントの言葉に、ラルカはキョトンと目を丸くする。


「まあ! わたくしったらブラントさまにそんなにもご心配をおかけしているのですね。何だか自分が情けないですわ。
お陰様で、相当元気になったのですが、昨日の今日ではやはり説得力が薄いでしょうか?」

(違うんです! そうじゃないんです!)


 ガクッと肩を落としそうになりつつ、ブラントは笑顔を取り繕う。

 本音を伝えたいものの、相手は恋愛どころか結婚すら希望していないラルカだ。
 今、ハッキリと想いを言葉にしては、逃げられてしまいかねない。それだけは避けなければ――――少なくとも、仮初めの婚約者の地位は確保し続けなければならない。