「一体何があったのです?」


 ラルカの様子は、誰がどう見ても明らかにおかしい。
 大きな瞳の下には、化粧でも隠しきれないほどの隈ができ、顔色も真っ青だ。

 ラルカの肩に、ブラントがそっと手を置く。こうして支えていなければ、今にも倒れそうな様子だった。

「何が、とは? わたくしは何も……」

「エルミラ殿下から『貴女の様子がおかしい、あまりにも心配だ』とお聞きしたんです。僕との婚約が理由ではないのか、とも」

「エルミラさまが……?」


 そういえば、先日エルミラがそんなことを言っていたと思い出す。仕えるべき主人に気を遣わせたことも、正常な精神ではないラルカを落ち込ませる要因の一つだったのだが。


「正直、にわかには信じられませんでした。貴女はいつも明るくて、朗らかで、楽しそうに仕事をしていらっしゃいますから。
けれど、僕から見ても、今のラルカは明らかに元気がありません。何が貴女をそんなにも苦しめているのです?
……もしかして、ラルカのお姉さまが」


 その瞬間、ラルカはヒッと悲鳴を上げた。元々青白かった顔色が、今や土気色になっている。
 ブラントはずいと身を乗り出した。


「――――もしかして、僕達の婚約が成立した今も、お姉さまは王都にいらっしゃるのですか?」

「……いえ。先日、姉は予定通りに領地に帰りました。
けれど――――」


 どう説明したものか――――ラルカは言い淀んでしまう。


「大体の状況はわかりました。では、ひとまず、うちの屋敷に向かいましょう。ここではゆっくり話ができないですし」

「えっ? だけど、まだ仕事が」

「殿下には僕が無理やり連れ出したと報告しましょう。アミル殿下から、ラルカとしっかり話をするようーー元気づけるよう厳命されております。何も心配はありません。
良いですか? 貴女は何も悪くない。僕が貴女を連れ出したんです」


 今のラルカは、精神が疲弊しきっていて、正常な判断が下せない。多少強引にでも、環境を変える必要がある。

 ブラントの言葉に、ラルカは躊躇いがちに頷いた。