(嘘でしょう? 妹に望み通りの生活をさせるため、他人を買収するなんて……!)


 普通、そこまでするだろうか? にわかには信じがたい。
 けれど、それがメイシュという人間だ。

 ラルカには最早、返す言葉が見つからなかった。


「あのね、ラルカ。退路っていうのはしっかりと、完全に断ち切っておくものよ。そうすれば人間諦めが付く。
良いこと? これは意地悪じゃない。貴女のためを思ってやっているのよ?」


 メイシュがラルカの喉を両手でふわりと包み込む。氷のようにひやりとした指の感触。爪の先端が頬に食い込み、ラルカはヒュッと息を呑む。


「可愛いものはね、美しい場所で大切に大切に飾られなきゃいけないの。貴女は自分では何もできない――――可愛いだけのお人形。自由になんて生きられない。簡単に壊れてしまう存在なんだから。
大体、ここでなら何不自由ない生活を送れるというのに、一体何が不満なの?」


 ――――何を言っても伝わらない。
 ラルカは表情を曇らせつつ、小さく首を横に振る。


「わかってくれたのね! とても嬉しいわ。
ああ、言っておくけど、ここでの生活の様子は毎日私に報告が上がるようになっているの。貴女がその日選んだドレス、化粧の色合い、髪型、食事の内容にティータイムの様子まで、すべてを把握するわ。もう二度と、姉さまの期待を裏切ってはダメよ? 言いつけどおりにできていなかったら、すぐに飛んで戻ってくるからね」

「…………はい、姉さま」


 答えれば、メイシュは満面の笑みを浮かべる。

 それから、彼女を載せた馬車が、ようやく領地に向けて動き出した。


(結局わたくしは、姉さまから逃れられないのね)


 メイシュはもうここには居ないのに。
 まるで全身に見えない糸が絡みついているかのよう。
 痛いし、とても息苦しい。

 ラルカは段々と小さくなっていく馬車を見送りながら、瞳に涙を滲ませた。