「わ、わたくしは残念ながら、ブラントさまにお礼を言っていただけるようなことは、まだ何もできておりませんけれども」


 彼がラルカとの婚約を望む理由、『両親から結婚を急かされなくなる』ということは、ラルカの名前があれば事足りる。婚約さえ結べばそれで終わり。実際の労力を何も必要としないので、感謝されるほどのことではない。彼が恩恵を受けるのは、これから先のことだろうに。


「いいえ。僕は貴女から、既にたくさんのものをいただいています。本当に、ありがとう」


 ブラントはラルカの髪を一房取り、恭しく口づける。
 思わず体を震わせれば、ブラントはラルカのことを熱っぽく見上げた。


(待って! わたくし達が結んだのって、仮初の婚約――――でしたわよね⁉)


 思わず口に出して確認したくなるほど、彼の言動や行動はどろどろに甘い。
 男性に色香を感じたのも、生まれて初めての経験だった。
 ドキドキと騒がしい胸を抑えつつ、ラルカはブラントをおずおずと見つめる。


「えっと……どういたしまして…………?」


 戸惑いながらもそう言えば、ブラントはラルカのことを抱き締める。直前に目にした満面の笑みに、ラルカの胸がまたもや跳ねる。


(わたくしったら、先程から変です。一体どうしたのでしょう?)


 頭を何度も捻りつつ、ラルカはブラントの温もりを受け入れるのだった。