「だけど良かった。無事に婚約を結べて、ホッとしました」


 ブラントはラルカの手を握ると、柔らかく微笑む。


「ええ! ブラントさまには本当に、なんとお礼を申し上げたら良いか……!」

「お礼だなんて、そんな。これは互いの目的を叶えるために結んだ婚約です。貸し借りなし。今後は『申し訳ございません』と『ありがとう』は禁止でいきましょう」


 そう言ってブラントは首を小さく横に振る。


「まぁ……! だけどそれでは、わたくしの気が済みませんわ。わたくしが受ける利益のほうがずっと大きいですし、せめて『ありがとう』ぐらい言わせてください」


 ぐいっと身を乗り出せば、ブラントはほんのりと頬を染める。


「しかし……」

「良いですか、ブラントさま。わたくしは貴方がいなければ、姉の望むとおりすぐに結婚をし、大好きな仕事を辞め、貴族の夫人としての望まぬ毎日を過ごさねばなりませんでした。わたくしはそんな人生はごめんです。本当に、嫌でたまらなかったのです」


 毎日毎日、好みでないドレスを着て、飲みたくもないお茶を何杯も飲み、他人の悪口や噂話に終止する。そこにはラルカの意思や感情は全く必要とされない。

 生きているのか、死んでいるのかすらよくわからない、人形のような人生。

 何故だろう。
 貴族というだけで――――女性だと言うだけで、生き方が酷く制限されてしまう。

 活き活きと仕事をして何が悪い? 結婚をしないことの何が悪い? 
 メイシュに抑圧された分だけ、ラルカは強く思ってしまう。