(なるほど。だからわたくしが婚約者に丁度良かったのですね)


 ブラントは、今はまだ結婚して身を固めたくないと言っていた。おそらく彼は,一人の女性に縛られたくないタイプなのだろう。

 二人が結ぶのはあくまで仮初の婚約。ラルカとしては、程よい時点で婚約を解消したいと考えているし、浮気をしたところで文句を言うことも、揉める心配もない。

 互いの利害が一致している――――そう思うと、少しだけ気持ちが楽になる。ラルカはそっと目元を和らげた。


「では、貴女のお姉さまには僕の方からお話をして、婚約の段取りを進めさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「ええ、もちろん。わたくしからも姉に話をしようと思っております。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 とても嬉しそうなラルカの微笑みに、ブラントは眩しげに目を細める。


「ラルカ」

「…………はい?」


 唐突に名前を呼ばれ、ラルカはそっと首を傾げる。
 ブラントは困ったように微笑むと、ラルカの頭をそっと撫でた。
 ドキッ、と小さくラルカの胸が疼く。


(何故でしょう? ただ撫でられただけなのに)


 まるで、全身をギュッと包み込まれたかのような感覚が走る。
 どこか熱っぽいブラントの瞳。胸のあたりに広がる甘ったるさを逃しつつ、ラルカはそっと微笑む。
 

「よろしく、ラルカ。僕の婚約者殿」


 ブラントはそう言って手のひらを差し出す。どこか不敵な笑み。ラルカはクスクスと笑い声を上げながら、彼の手を握る。

 かくして二人は、仮初の婚約に向けて動き出したのだった。