あの頃のラルカは、まだ侍女として働き始めたばかりだった。
 当時はメイシュの影響で、自分で何かを選ぶことも、考えることも、極端になかった。

 だから、いきなり『選べ』『考えろ』と命じられ、どうしたら良いのか途方に暮れていた。

 自分にはなにか欠陥があるのではないか。
 人と同じように生きるのは無理なのではないか――――そんな風に悩んでいたときにラルカが出会ったのが、ブラントだったのである。


「『貴方はすごいわ。自分で騎士になりたいと思ったのでしょう? 思い通りにいかないと嘆けるほどに、理想を描けているのでしょう? 貴方はとても頑張っています。他の誰が認めなくとも、わたくしは貴方をすごいと思いますわ』
――――ラルカはあの日、僕にそう言ってくれました。
とても些細な言葉だけれど、それはあの日、あの時の僕が求めていた全てでした。
僕は誰かに『頑張っている』と言われたかった。認められたかった。
諦めず、このまま真っ直ぐに進んで良いんだと、背中を押してほしかったんです」


 ラルカの記憶の中の少年が、今のブラントと重なっていく。

 体中傷だらけで、痛々しくて。けれどそれでも『負けたくない!』と全身で叫んでいた幼い日の彼。
 どうしてそこまで? と尋ねるラルカに、ブラントは『自分が選んだことだから』とそう口にした。

 その時ラルカは初めて、自分に足りないものは何なのか――――エルミラや他の侍女たちが、自分に何を伝えたいのかが分かった気がした。