ロエル様がモンザーク邸に到着した翌日には、ライラ様を連れて王都へ帰還することとなった。
 休暇の日数がギリギリだからと申し訳なさそうに言うロエル様に向かって、ライラ様はずっと不満を言い続けている。
「わたくし、マリエル様と離れたくありません!」

 そこまで我が主のことを慕ってくれているのならこんなに喜ばしいことはないが、グラーツィ伯爵家にとっては大事な娘を人質に取られたままのような気分になってしまうだろう。

「ライラ」
 マリエル様が優しく声をかけた。
「一旦帰ってここでどのように過ごしたかご家族に報告してきてくれ。雪が積もったら今度は堂々と遊びに来るといい。一緒に雪だるまを作るんだろう? 春になったら花見をして、夏には一緒に四葉のクローバーを探そう。これまで通り手紙も送るし、私が王都へ赴いた時にはもうかくれんぼはやめて必ず会いに行くから」
 
 そして、跪いたマリエル様がライラ様の手を取った。
「モンザーク辺境伯の名にかけて、そしてひとりの男として、私マリエル・モンザークはあなたのことを一生守り抜き愛し続けることを誓います。あなたが18歳を迎えたら、そこから先の人生は私と共に歩んでくれますか?」

「はい。喜んでお受けいたします」
 アメジストの瞳を潤ませながら晴れやかに笑ったライラ様がマリエル様に飛びついた。
 マリエル様は片腕をライラ様の背中へと回し、緩く抱きしめる。
 もう片方の腕はもちろん自分の腰に回して激しくつねりあげているところだ。

 まさかの公開プロポーズに、ライラ様を見送りに出ていた警備隊の隊員たちも屋敷の使用人たちもみな顔を真っ赤に染めている。

「ふたりはアツアツのラブラブでとてもお似合いの婚約者同士だから、もう妙な邪魔だてはしないようにと父と祖父によく釘を刺しておきます」
 ロエル様は少々呆れ気味に苦笑していた。
 
 
 麓の街の門まで愛馬に乗って馬車を先導したマリエル様は、窓から身を乗り出すようにして手を振り続けるライラ様の姿が見えなくなるまで、穏やかな笑顔で見送り続けたのだった。

 
 難攻不落の辺境のボス猿を落とせるのは、銀髪の天使だけ。

 そう言われるようになるのは、もう少し先のこと――。

 
 【完】