「この度は申し訳ありませんでした。祖父と父が独断でしでかしたこととはいえ、我がグラーツィ伯爵家全体の責任であることは重々承知して反省しております。また最大限の恩情を賜りましたことに感謝申し上げます」
 ロエル様が深々と頭を下げる。
「マリエル様とライラの婚約はこのまま継続し、来年ライラが18になったのを機に結婚という従来の約束通り遂行する運びで何卒よろしくお願いいたします。ライラの輿入れの際の持参金を増額することで今回のお詫びとさせていただきたく存じます」

「顔をお上げください、ロエル殿」
 マリエル様が穏やかな声で告げる。
「ライラ嬢のような愛らしいご令嬢を粗野な猿ばかりの辺境に嫁がせるのは、グラーツィ伯爵としては身を切られるような思いだろうと承知しております」
 
 王都では貴族たちが国境警備隊員たちのことを「粗野な猿」、隊長のことを「ボス猿」と揶揄しているのは、もちろん我々の耳にも入ってきている。
 自虐しているように見せかけて意趣返しをするような高度な真似を我が主が仕掛けたのか否かを判断する前に、それに異を唱える可愛らしい声が響いた。
 
「粗野な猿ではありませんわ。わたくし、マリエル様には子ヤギのような可愛らしい一面があることを発見いたしましたの!」
 得意げにそう言ったライラ様の隣でマリエル様は意味が分からない様子で首をかしげている。
 ロエル様は、やれやれといった様子で苦笑した。
「妹にはこういう天然なところがあって、我々にとってはいつまでたっても子供のままなのです」
 
「お兄様ったら! わたくしは天然でも子供でもございません!」
 ライラ様が不満げに頬をぷくっと膨らませた。
 
 いや、だからそういうところですよ。
 そう思いながら口元をニヨニヨさせていたら、目が合ったロエル様に「君にも苦労をかけるね」とでも言いたげな顔をされてしまった。