「グラーツィ伯爵家にあなたたちが到着しなかった場合、あるいはおじい様が謝罪を拒否された場合は、今回の事件を公にします」
 アニーは唇をぶるぶる震わせて何も言えない様子だ。
 その代わりにまたセバスチャンが叫ぶように言った。
「それではあなた様のご実家が爵位剥奪の咎を受けることにもなりかねません!」

 まあ実際は、身内のお家騒動として片づけられるのが関の山だろうが、世間知らずのご令嬢にはちょうどいい脅し文句かもしれない。
 しかし、マリエル様の横に立つライラ様は最強だ。

 ライラ様は可愛らしくクスクス笑った。
「構わなくってよ。だって、わたくしが罪を犯した没落貴族の娘になり果てても、マリエル様はわたくしを娶ってくださると約束してくれたんですもの。実家がどうなろうが知らないわ」
 そして、マリエル様の太い腕に抱き着いた。
「ね、マリエル様?」
 
 万が一、紛争が起きてマリエル様を始め国境警備隊の大半がここを留守にするような事態になっても、ライラ様ならきっと立派に女主人としての役割を果たしてくださるだろうと確信した。

「その通りだ」
 絞り出すように言ったマリエル様の声は、いつも以上に凄味がある。
 ライラ様に抱き着かれ、上目遣いで可愛らしい笑顔を向けられて、失神寸前のご様子だ。
 
 頼みますからもうしばらく正気を保ってください!
 そう願いながら、我が主の靴のつま先をめいっぱい踏んづけたのだった。