「アニー」
 ライラ様が後ろに控えるメイドの名を呼ぶ。
「はい」
「あなた、セバスチャンと一緒に今すぐ王都に帰りなさい。おじい様とお父様に伝えてちょうだい。モンザーク辺境伯家に謝罪するまでライラは帰りません、と」

 目すら合わさず背中を向けたままのライラ様に冷たくそう言われたアニーは、青ざめて震え始めた。
「そんなわけにはいきません! 大旦那様に叱られてしまいますっ!」
「アニー。あなたの主人は誰? わたくしの前で『はい』以外の言葉を発してはだめだと言ったわよね?」

 ゆっくりと振り返りながら冷ややかな視線を向けるライラ様は実に堂々としていた。
「わたくしの言うことが聞けないのなら、今すぐに罪人として国境警備隊長に裁いていただくこともできるのよ。あなただって、わたくしの誘拐未遂に加担していたのでしょう?」

 辺境を統べる国境警備隊長には、罪人を裁く権限も与えられている。
 ライラ様はそこまで熟知されているのだ。
「そうせずに王都へ戻って報告しなさいと言っているのは、マリエル様の最大限の恩情だってわからないのかしら」

 セバスチャンが顔をゆがめて言った。
「もしも我々が大旦那様に報告せずに逃げ出したり、あるいは報告したとして謝罪を拒否された場合はどうするのですか」
 しかしライラ様は顔色ひとつ変えない。
「失敗したことはもうじき伝わるでしょうから、おじい様からの厳しい叱責が怖くて逃げ出したい気持ちはわかるわ。でもそんなことをしたら、確実にあなたたちの命はないわね」

 そう言いながらも、実はこのメイドに持たせる手紙に
『もしもアニーたちが命を落とすようなことになれば、わたくしは激おこですわ。もうおじい様とお父様とは絶交いたします』
と書いている心優しいライラ様だ。