恋する辺境伯

 先程から正気を保つために濃度の高いレモン水をがぶ飲みし続ける我が主だが、どうにかベッドから執務室へと移動した。

「それで、ライラ嬢の手紙にあった謝罪したいこととは?」
 執務室のソファに向かい合わせに座り、マリエル様が尋ねる。
「12年前のことでございます」

 12年前といえば、ふたりが顔合わせをした時のことだろうか。

「わたくしあの時まだ幼かったものですから、マリエル様がとても大きく見えて泣いてしまいました。しかもそのことを忘れていたのです。思い出した時にお父様に謝罪したいと訴えたのですが……」
 ライラ様の話によれば、その時に父と祖父に謝罪というものは手紙ではなくきちんと相手と顔を合わせてするものだ、しかしマリエル様が簡単な手紙のやり取りのみで面会に応じてくれないから、しばらくこのまま待つしかないと言い含められたらしい。
 
 こちらが聞いていた話とは随分違う。
 やはり、ふたりの仲が深まっていくのを阻止しようとしていたとしか思えない。
 しかしこちら側としても、ライラ様に対して随分失礼な勘違いをしていたことを反省しなければならない。
 長年の文通相手を女性だと勘違いし、婚約者だとは思っていない。国境警備隊長の名前がマリエル・モンザークだとは知らない。そんな世間知らずで幼稚な深窓のご令嬢であると決めつけていたのだから。

「ですからこうして直接謝罪をして、わだかまりなく結婚式を迎えたかったのです。その節は初顔合わせを台無しにしてしまって申し訳ございませんでした」
 ライラ様がソファから立ち上がって頭を下げる。
「とんでもない! こちらこそあの時は怖がらせて申し訳なかった」
 マリエル様も慌てて立ち上がり、その勢いでひっくり返りそうになったソファをどうにか受け止めた。ソファの後ろに控えていて正解だった。

 大きな手で包み込むようにライラ様の手を握るマリエル様にためらいや恥じらいはない。
 おそらく必死で忘れているのだろう。

「そしてもうひとつ、謝罪しなければならないことが起きてしまいました」
 一旦顔を上げたライラ様が、長いまつ毛を伏せて顔を曇らせた。
「おじい様が何かよからぬことを企んでいたのではないかと気づいてしまいました」

 ここで立ったままのふたりに割って入った。
「失礼します。向かい合わせではなく横並びにお掛けになってはいかがでしょう」
 
 この提案に乗り体をくっつけて腰を下ろしたふたりは、昨日の出来事について実際に経験したこととそこから推測されることについて報告し、情報のすり合わせを行った。