「そんな立派な方の生涯の伴侶になれるだなんて、こんな幸せなことはございません」
 頬をほんのりと染めて恥じらいながらそう付け加えたライラ様の可愛らしさといったらない。
 これは我が主の死亡が確定したな。
 そう思いながら、一体いつからマリエル様が男性だと知っていたのかと尋ねた。

「いつからとは……? 物心ついた時からずっとですけれど」
 ライラ様はこてんと首を傾げている。

 いやいや、そんなはずはないだろう。
 両家の協議と申し合わせは何だったんだ!?
 戸惑いながら発端となった「お姫様の絵」のことを説明した。

「あれぐらいの年頃の女の子は、人間をすべてお姫様風に描くものですのよ。あの頃は、おじい様のこともお父様のことも、もれなくお姫様のように描いておりましたわ」
 やわらかそうな頬に人差し指をあてて、それがどうしたといわんばかりの口調でライラ様が言う。

 なるほど、すでにあの時点で騙されていたのか。
 あのタヌキどもめ。

「それでは、マリエル様が女性のフリをして書かれていた手紙がさぞ滑稽だったでしょうね」
 つい声が低くなってしまった。
 するとライラ様は「女性のフリ……?」と今度は反対側に首を傾げる。
 そしてしばし考え込んだ後に、何かに気づいたように顔をまっすぐ戻した。
「ああ! あの言葉遣いはそういうことだったんですのね!?」

 ライラ様の反応を見て「あ!」と、わかった気がした。
 元々マリエル様はライラ様宛ての手紙を誰にも見せずに送っていた。恥ずかしいからという理由だった。
 女性言葉で書いた婚約者宛ての文面を誰にも読まれたくないという気持ちはよくわかっていたから、中身を確認したことはない。
 グラーツィ伯爵家ではライラ様に未開封のまま渡していたか否かは定かではないが。
 もしもマリエル様があのへんてこなオネエ言葉を手紙でも使っていたのだとしたら……。

 痛み始めたこめかみを押さえる。
「まさかとは思うんですが、ライラ様のおっしゃるあの言葉遣いとは例えば『うるせえですの』とか『やべえですわ』とかでしょうか」

 するとライラ様はポンと手を叩いて笑った。
「まさにそれですわ!」