「おはようございます」
 朝の挨拶をすると、マリエル様は快活に笑った。
「どうした、カーク。目の下の(くま)が酷いぞ」

 あなたのことを心配していてこうなったんですよ!
 それに引き換え我が主は、どうしてこうも清々しいお顔で笑っておられるのか。
 その疑問が顔に出ていたのかもしれない。

 マリエル様が穏やかに微笑んだ。
「婚約を解消したいのなら何もこんな手の込んだことをせずともよかったのにな。だが、あの暗号めいた手紙といい女装といい、なかなか楽しめた。きっとこんなことはもう二度とないだろうと思うと、貴重な体験をさせてもらったと感謝したいぐらいだ」

 あなたという人は、どこまでお人好しなんですか……。
 まさかこんなオチが待っているとは思っていなかった。
 あの鏡の仕掛けに偶然気づいたことから始まり、先回りできたことを「してやったり」とまで思っていたというのに。
 警備隊や諜報員を投入した大規模訓練だったと思えば悪くはないが、特別手当をグラーツィ伯爵家に請求したいぐらいだ。
 やるせない気持ちで奥歯をぎりりと噛みしめる。
 
「ライラ様はどうなさいますか」
「朝食後に今回の騒動について、ライラ嬢にも経緯をつまびらかに報告する。あとは彼女の反応次第だが、手紙にあった『謝りたいこと』というのはつまり、婚約を解消したいという申し出だろうな」
「かしこまりました。では朝食後にこちらの執務室においでになるよう手配いたします」
 
 我が主がどうかこれ以上傷つくようなことになりませんようにと祈りながら頭を下げた。