翌日、落ち着きなく執務室をウロウロ徘徊するボス猿があまりにも鬱陶しいため訓練場へと追いやった。

 諜報員たちはすでにパール服飾店をはじめ、街のいたるところに配置済みだ。
 彼らは非常によく訓練されているため、平民に紛れてしまえば上手く気配を消してバレることはないだろう。
 その一方で、ライラ様ご一行をお迎えする準備も屋敷内で着々と進んでいる。
 料理、スイーツ、飲み物、客室、浴室、庭の手入れ、冷え込むことを予想しての薪の用意……やることは山積みだが、さすがはモンザーク辺境伯家の使用人たちだ、無駄のない動きで効率よく各々がやるべきことをやっている。

 ライラ様が何事もなく無事にこの敷地内に辿り着けば一安心だが、果たしてどうなるだろうか。
 麓の街の門をくぐる馬車にそれらしき人物が乗っていたらすぐに護衛できるよう、すでに騎馬隊も配置済みだ。

 ダイアナ様が不在のいま、女性目線での配慮が足りないのではないかと心配になりメイド長とも相談しながら昼まで慌ただしく過ごした。
 もう間もなく昼食というタイミングで、訓練場からボロボロな隊員たちが出て来た。
 全員相当疲弊しているように見える。
「今日の隊長、いつも以上にヤバかったっす」
「雑念を振り払うような凄まじい気合だったな……」

 我が主の焦燥感を払拭するための生贄となってくれた屈強な隊員たちだ。
 感謝しかない。

「隊長がまだ剣を振り回してますけどどうしましょう。体力が底なしなんですが!」
 少年の面影が残る若い隊員が泣きついて来た。
「あの方を我々と同じ人間だと思わないほうがいい。もうしばらく発散させておきましょう。頃合いを見て私が止めますから」
 ボス猿と張り合おうだなんて思ないほうが身のためだ。
 冗談ではなく死んでしまう。