とりあえずバイクを飛ばしてたどり着いたのは海。
「で?あの男は誰?」
「聞いても面白い話はないですよ」
「気になるでしょ」
 大和はとりあえずヘルメットを優真に渡す。
「名前は東雲咲良。東雲財閥の跡取りで私の元婚約者です」
「・・・は?」
「この前琴音と買い物中に見つかったんです」
「まてまてまてまて」
「なにか?」
「いや、なにかって・・・東雲財閥ってあの東雲財閥?」
「まぁ日本で一つしかないですから間違いないと思います」
「元婚約者?」
 普通に生きていて婚約者が出てくるのは漫画か小説の中。それが身近でしかも自分が思いを寄せている大和の口から飛び出したのだ。動揺するのも無理はない。
「まぁ三年だけの話ですけど」
「なんでそんな金持ちと婚約すんの?」
「私のフルネームご存知ですか?」
「千家大和だろ?・・・・ん?」
「一応千家です」
「・・・・なんでうちの高校にいるの?」
「まぁ、嫌われてるんで。私」
 大和は腰までの塀に乗ると海に向かって腰を下ろす。いつも通りの淡々とした喋り言葉に物語を読んでいるのかと勘違いしてしまう。だが優真は少しその背中が寂しそうに感じた。その隣に行くと大和の頭を撫でる。その手に驚いて顔を優真の方に向ける。
「なに?」
「何でもない」
 大和はとりあえず靴下と靴を脱いで砂浜に足をつける。
「私、海好きです。助けてくださってありがとうございます」
 ブレザーも脱いで海の方へ駆けて行く。元気を取り戻した大和の姿に優しく笑うと携帯で写真を撮るとそのあとを追った。
 しばらく海で遊んだ後。
「あっ・・・」
 そんな声を上げた大和に優真は振り返る。自分のポケットを探っている姿に何かを落としたのかと思ったがそうでもないようで真顔のまま優真の方を見る。
「どうした?」
「学校に戻りましょうか」
「・・・今日はやめといたほうがいいと思うけど」
「貴重品を全て置いてきてしまいました」
 まぁ直前まで普通に授業を受けていたのだから財布を持っていなかったのも致し方ない。だがそれを今気が付くとは。思わぬ発言に優真は吹き出して笑う。
「なんで笑うんですか」
「今まで気にしてなかったのが面白くて」
「目の前に海があったんで」
「そんな登山家の名言みたいに言われても」
 とりあえず靴を脱いだところへ向かおうと足を進める大和の身体を後ろからひょいっと抱え上げる。
「ひゃっ!!」
「今日はデートだな」
「だから手持ちが、ってかなんで抱えるんですか」
「なんかかわいくて」
「そういうのはかわいげのある女子に言うべきだと思うんですけど」
「じゃあ、間違ってない」
 優真の言っていることが理解できない大和。とりあえず降ろしてくれる気配は少しもないので大人しくしていることにした。