「おい、大和」
「ん?」
「物理の教科書かして」
 春斗が窓の外でお願いをする。基本的になんでもおいてある大和は机の中から物理の教科書を取り出す。
「はい」
「助かる!」
「でも必要ないと思う」
「それはお前だけだよ」
 面倒臭がりではあるが普段から予習と復習を怠らない大和は特に教科書を使わなくても授業を聞くだけで大丈夫だと思っている。
「あ」
「なに?」
「なんか大和のこと調べてるやつがいるって噂になってる」
「なにそれ?」
「目的よくわかんないけどイケメンらしい。女子生徒が騒いでた」
 イケメンに調べられるようなことがあっただろうか。
「イケメンって人それぞれの感覚だよね」
 呑気にお菓子を食べながら琴音が大和に寄りかかる。
「容姿の詳細ってわかる?」
「茶髪で整った顔に、青陽学園の制服を着てたって言ってたな」
「青陽学園ってあの超金持ち学校じゃん」
「茶髪で整った容姿に金持ちで大和の知り合い・・・・ってあの人?」
 琴音の中で出てきた人物に大和も同一人物を浮かべた。大和を調べているのは東雲咲良だろう。しかも本人じきじきに調べてくれているとは。
「琴音も知ってんの?」
「前に買い物行ったときにちょっとひと悶着あってね」
「なんだ、ひと悶着って」
 ふと窓際で女子たちの歓声が上がる。嫌な予感しかしない大和はため息をつく。様子を見に行った琴音は大和の方へ向くと目の前でバツ印を作る。どうやら見つけに来たらしい。
「でもあの人じゃなくてあの時に傍にいた人だけだよ」
「私とは限らないし気にしないようにしよう」
「見つけたぞ」
 突然の声に廊下に顔を出せば咲良が教師に引きつられていた。
「どちら様でしょうか」
「今度は逃がさないっつったろ」
「私は存在をなかったことにと伝えたはずですが?」
「今日は一緒に来てもらうぞ」
「琴音、カバンお願いしていい?」
「え?うん」
 大和は歩いて廊下まで出ると咲良の前まで足を運ぶ。だが次の瞬間、真逆の方向へダッシュした。ついてきてくれると油断した咲良はしばらくあっけにとられるもその逃げた方向へ追いかける。
「まてこらっ!」
 と、大和の目の前でジュースを買っている優真の姿が見えた。尋常じゃない行動にとりあえず優真は影に大和を引き込む。丁度咲良からはその様子が見えていなかったようで走り去っていく音が遠くなる。
「何してんの?」
「ちょっと逃げなきゃいけなくて」
「なるほどな。隼人!」
「ほいよー」
 ひょこっと二階の窓から顔を出したのは優真のクラスメイトの鈴木隼人。
「ヘルメット貸して」
 その一言で状況を察したらしい隼人は窓からヘルメットを投げ落とす。
「あとは任せて」
「助かる」
 受け取ったヘルメットを大和にかぶせるとその手を引いて駐輪場へ向かう。
「バイク通学だったんですか?」
「4月生まれの特権だよね」
 バイクのエンジン音で気が付いたらしい咲良は駆け寄ってくる。
「いくよ」
 大和を後ろへ乗せて優真はバイクを発進させた。正門は咲良の車があるため裏門を通って。