優しい笑みを浮かべたダグラスに「どこに行きたい?」と尋ねられた。

 目の前の光景が、ロベリアにはまるで夢のように感じられた。

(これからダグラス様と学生らしい思い出をたくさんつくれるのね)

 と思ったものの、その『学生らしい思い出』をどこでどういう風に作ったらいいのかロベリアにはわからない。

「その、前も言ったけど、何をしたら学生らしい思い出が作れるのかわからないの」

 正直に話すと、ダグラスは真剣な表情でうなずいた。

「私もわからないから、今日はそれを調査するのはどうだろう?」
「調査……」

(なんだかダグラス様から、学生ともイチャラブとも程遠い言葉が出てきてしまったわ)

 ロベリアは少し焦ったものの『でも二人で過ごせるならいいか』と気持ちを切り替えた。

「調査って何をするの?」
「そうだな。まずは図書館に行って資料を集めるのはどうだろうか?」
「いいわね。じゃあ、図書館に……」

 そう言いながらロベリアが歩き出すと、ダグラスはなぜかその後ろをついてくる。

「えっと?」

 ロベリアの不思議そうな声にハッとなったダグラスは、今度はロベリアの前を歩き出した。

(これじゃあ、まるで護衛と護衛対象……)

 小さくため息をついたロベリアは、「もう!」と言いながらダグラスの腕を引いた。そして、隣に移動させて「婚約者はここ」と教えてあげる。

 ダグラスは「あっ」と呟いたあとにカァと顔を赤らめた。

「す、すまない、いつものくせで」
「大丈夫よ。悪気がないことはわかっているから」

(私も未だに心の中でダグラス様って呼んじゃうし)

 ようやく並んで歩き出す。

(ダグラス様の隣を歩けるって幸せ)

 背の高いダグラスをチラリと見上げると、バチッと目が合った。嬉しくなって笑いかけると、ダグラスも笑みを浮かべてくれる。

 大切な人が自分の隣で笑ってくれる。

 そんな小さな幸せを噛みしめつつ、ロベリアとダグラスは図書館へと向かった。

 *

 学園内にある図書館について、ロベリアはすぐに気がついた。

(ダグラス様って、強いだけじゃなくて、たぶん勉強もできるのね)

 そう思えるくらい図書館の使い方に慣れていて、すぐに必要な本が置かれている場所がわかった。

 この図書館はとても広く、蔵書も膨大な数になっている。この中から必要な本を自力で見つけるのは大変なことだった。

(私もダグラス様の実家のことを調べるために図書館で本を借りたけど、自分では見つけられなくて司書さんに聞いたもの)

 それなのにダグラスは「だいたいここらへんの棚にありそうだな」と目星をつけて案内してくれた。

「こんなに図書館に詳しいなんてすごいわ」

 ロベリアが尊敬のまなざしを送ると、ダグラスからは「殿下が必要な資料を探しにくることがあるから」と謙遜(けんそん)する。

 並んだ背表紙を見ると、学園の構造や学園行事の本が並んでいた。

(この本、面白そう)

 ロベリアが本に手を伸ばすのと同時にダグラスの手が伸びた。そして、背表紙の上で手が重なる。

「あっ」

 手が重なったまま、お互いに顔を見合わせた。驚くダグラスの顔を見て、本当に偶然に手が重なったのだとわかる。

「今のこれ、学生っぽいかも」
「そうなのか?」
「ええ、たぶん」

 クスクスと笑っている間に、ロベリアの手は大きな手に包み込まれていた。

 驚いてダグラスを見ると、真剣な表情をしている。

「……手をつないで歩いてみるのは、どうだろうか?」
「は、はい。すごくいいと思います!」

 思わず丁寧語になってしまったけど、ダグラスは気にしていないようだ。

 図書館まで来たのに、結局本を一度も開くことなく帰ってしまった。

(ダグラス様の手、大きくてゴツゴツしている)

 つながれた手に集中してしまい、他のことが考えられない。ロベリアがボーとしている間に、昼休みが終わってしまった。

 ダグラスの手が離れたとき、寂しい気持ちが湧きおこる。

「ロベリア、また明日」
「えっ? 明日?」

 不思議そうに首をかしげるロベリアに、ダグラスは微笑みかけた。

「これからは、昼休みはロベリアと過ごしたいんだ。いいだろうか?」

 夢のような提案にロベリアはコクコクとうなずくので精一杯だった。