食堂でランチを終えたロベリアは、アランと別れた。

 男女では学ぶ授業内容が異なるため、学年が同じでもアランとはダンスの授業くらいでしか顔を合わすことはない。

「ロベリア。またダンスレッスンでね」

 そういったアランは、知的な瞳に笑みを浮かべて、輝く銀髪をなびかせながら去っていく。すれ違った数人の女子生徒がアランにうっとりと見とれていた。

 さすが乙女ゲームの攻略対象者の一人。多少性格が丸くなってもアランが人をひきつける魅力は変わっていない。

(この世界は、もう私が知っている乙女ゲームではないけど、それでもやっぱりみんな魅力的よね)

 アランの美しさに感心しているロベリアとは対照的に、リリーは去り行くアランの背中をにらみつけていた。

「どうして、アランはあんなに神経が図太いのよ!? 誰のせいで、あんなことになったと思ってるの!?」

 リリーの言いたいことはわかる。アランのせいで大変な目に遭ってしまった。

(でも、今のアランを、私はどうしても憎めないのよね……)

 甘いと怒られてしまいそうだけど、痛い目に遭って改心したアランには、幸せになってほしい。

(それにしても、怒っていてもリリーは可愛いわね)

 こぼれ落ちてしまいそうなリリーの大きな瞳が、怒っているせいで今は鋭くなっている。そんなリリーも愛らしい。

 ロベリアが可愛いリリーを目に焼き付けていると、後方から黄色い悲鳴が上がった。

 この国の王太子カマルがこちらに向かって歩いてきている。リリーという婚約者が決まったにもかかわらずカマルの人気は少しも衰えていない。ただ、カマルを取り巻いていた女生徒たちは今はリリーの取り巻きになっているので、女生徒に囲まれて困ることはなくなったらしい。

(まぁ、カマル殿下も素敵だものね)

 カマルの後ろにダグラスを見つけて、ロベリアの胸はときめいた。

(ダグラス様、今日も素敵!)

 カマルの護衛をしながら颯爽と歩くダグラスはとても凛々しい。かっこよすぎて目が離せない。

 以前からダグラスには、「ダグラスと呼んでほしい」と言われているが、ロベリアはなかなか呼び捨てに慣れないでいた。

(ダグラス様を急に『ダグラス』だなんて……嬉しいけど私にはハードルが高すぎるわ!)

 それはダグラスにとっても同じようで、ダグラスに『ロベリア』と呼んでほしいのに、未だに「ロベリア様……あ、ちがっ! ロ、ロベリア」と言い直されてしまっている。

 そういうことを二人で繰り返しているので、ダグラスと婚約者になれたからといって、急に自然にイチャイチャラブラブできるわけではないのだと身に染みた。

 金髪碧眼の完璧王子は、リリーを見つけるとパァと表情を明るくする。

「やぁリリー。探していたんだけど、どこにいたの?」

 そう尋ねられたリリーは、嬉しそうにロベリアの腕に抱きつく。

「お姉さまと一緒にランチを食べていたの!」
「ああ、そう……」

 幸せそうなリリーを見て、カマルがなんとも言えない顔をしている。

「リリー、たまには私と一緒に」

 そういったカマルの言葉に「明日も一緒に食べましょうね、お姉さま」と、リリーの明るい声が重なる。

「あれ? カマル、今、何か言った?」
「……いや別に。あいかわらず君はロベリアが大好きなんだな」

「そんなのあったり前じゃない! ねーお姉さま」

 ぴったりとロベリアにくっつくリリーを見て、カマルはため息をついた。そのため息の意味にロベリアはピンッと来る。

(もしかして、カマル殿下はリリーとランチが食べたいの?)

 カマルを見ると、視線があった。

(あの、殿下! リリーのことは大好きだけど、私もたまにはダグラス様と一緒にランチがしたいのです!)

 そんな熱い想いを込めてカマルを見つめると、カマルはすべてを理解したようにコクリとうなずいてくれる。さすが完璧王子と呼ばれているだけはある。

 カマルは、背後に控えるダグラスを振り返った。

「ダグラス、たまには婚約者のロベリアと二人で食事を取るのはどうだ?」

 爽やかに微笑むカマルに、ロベリアは内心で拍手喝采していた。しかし、「いえ、殿下の護衛の任がありますので」というダグラスの固い声で心の拍手は鳴りやむ。

(そうよね、お仕事の邪魔をしてはいけないわ。ダグラス様とランチをするのは、もうあきらめましょう)

 ロベリアと同じことを考えているのか、カマルもどことなく暗い顔をしている。

「お姉さま……」

 うらめしそうな声に驚き顔を上げると、リリーが頬をふくらませていた。

「もう、仕方がないわね! 四人で食べるならいいわよ」

 ハッとなったロベリアとカマルの声が重なる。

「それよ!」「それだ!」

 喜ぶ二人を横目にリリーは、あきれた顔をしていた。

 *


 次の日。四人はそれぞれに売店で購入してきたランチを持ち寄り、ピクニックをすることになった。

 昼休みになった学園内の庭園では、すでにあちらこちらでランチを楽しむ生徒たちの姿が見える。

 リリーが大きな木の下にあるテーブルにかけよった。

「お姉さま、ここはどう?」
「いいわね」

 場所も決まりさっそくロベリア、リリー、カマルはテーブルについた。カマルと同じテーブルにつくことをためらっていたダグラスは、カマルに「いいからお前も座れ」と言われてからようやく席につく。

(真面目なダグラス様、素敵)

 そんなことを考えながら、ロベリアはサンドイッチを取り出した。もちろん、売店で買ってきたものだ。

 今日は天気も良く、最高のピクニック日和だった。

 リリーがサンドイッチを見て「お姉さま、一口ちょうだい」と、小首をかしげて可愛らしいお願いをする。

「いいわよ」

 はい、とサンドイッチをリリーに差し出すと、リリーはパクリとかぶりついた。

「うーん、おいしい! お姉さま、私のもどうぞ」

 リリーはフォークでミートボールを指すとロベリアに「あーん」と言う。言われるままにリリーに食べさせてもらったミートボールはとてもおいしかった。

「リリー、これおいしいわね!」
「そうでしょ? お姉さまが好きな味だと思った。お姉さま、これも……」

 今度はウィンナーをフォークで指したリリー。その腕をカマルがつかんだ。

「え?」

 驚くリリーをよそに、カマルはリリーの腕をつかんだままその手に持っているウィンナーを自身の口に運ぶ。

「ええ!? ちょっと、カマル?」

 リリーの苦情を無視して、カマルはウィンナーを咀嚼(そしゃく)して飲み込んだあとに微笑んだ。

「君がロベリアを大好きなことは知っている。でも、私だって君が思っている以上に、君のことが大好きだよ」

 ポカンと口を開けたリリーの頬は、じょじょに赤く染まっていく。

「……バカ王子。ちょっと話があるから、こっちに来なさい」

 ガタリと椅子から立ち上がったリリーは、耳まで赤い。

「はいはい、なんだろう? お手柔らかにね」

 クスクスと笑うカマルは、バカ王子よばわりされているのに嬉しそうだ。カマルに次いで立ち上がろうとしたダグラスを、カマルが片手で制した。

「すぐに戻る。お前はロベリアとここにいろ」
「はい」

 リリーとカマルは「カマル、急に何するのよ! 恥ずかしいでしょ!?」「ごめんって、でもリリーも悪いよ」などと言いあいながら歩いていく。その姿は、だれがどう見ても仲の良い恋人同士だ。

(えええ!? いつの間に!?)

 リリーとカマルが仲良くて嬉しい。そして、その自然さが、ものすごくうらやましい。

 そんな二人を憧れのまなざしで見送っているうちに、ロベリアはようやく当初の目的を思い出した。

(あ、そうだった! ダグラス様と学生らしいことをするのが私の目的だったわ)

 正確にはダグラスと、学生らしくイチャイチャしたい。今はダグラスと二人きりで絶好のチャンスだった。

 でも、この堅物騎士様は、とても素敵で優秀だけど、Rイベントはもちろんのこと、恋愛イベントですら発生しない。だから、ロベリアが頑張ってイベントを起こすしかない。

 ロベリアは覚悟を決めて、手に持っていたサンドイッチをダグラスに差し出した。

「ダグラス様! じゃなくて、ダ、ダグラス、あ、あーん!」

 チラッとダグラスを見ると、目を見開き完全にフリーズしていた。

(ドン引きされてしまってるわ! は、恥ずかしい!)

 ロベリアは差し出していたサンドイッチを自分の胸元に抱きかかえると、「ウ、ウソです……ごめんなさい」と半泣きになった。