「じゃあ、移動な。セレーヌも居るし、今日は男女二人ずつで四人ペアになってもらうぞ~」

 出席確認を終えると生徒たちが総出で移動を始める。
 列の最後尾に陣取りながら、アリサは女子生徒の視線を感じていた。

(みんな、牽制し合ってますね。いつわたしを誘うか迷っているんでしょうか)

 もちろんアリサは自分にそんな魅力があるとは思っていない。
 彼女たちが狙っているのはディザークだ。
 アリサはディザークと友人同士と認識されているため、ディザークとお近づきになるためにアリサを利用したいのだろう。

(外堀を埋めるのはペスカトル様だけじゃないってことかな)

 アリサがちらりとディザークを見ると、彼は隣の男子生徒と話していた。同性と話す彼を見るのは新鮮だ。あの男に友達がいたのかとアリサは失礼な感想を抱く。と、その時。

「セレーヌのご令嬢、あたいと組まないかい?」
「はい?」

 アリサに声をかけたのは見る者に逞しい印象を持たせる女性だった。
 良く日に焼けた肌、吊り目がちの目は強気で、淑女というより女騎士のよう。

「シシリー・デインジャーだ。よろしく」

 気安くアリサの肩に手を回したシシリーは「ニシシ」と笑って囁いた。

「アンタ、周りに目を付けられたくないんだろ?」
「……! どうして」
「あんだけ授業をサボってたら分かるさ。男が嫌いなのか、苦手なのか、結婚が嫌なのかは知らないけどさ……あたいと組むなら、面倒は避けられると思うよ?」
「根拠は?」
「見ての通りさ」

 シシリーが顎をしゃくると、クラスの生徒が目を逸らしていた。
 こそこそと、アリサと女性を見ながら囁き始める。

「誰か教えて差し上げたら? あの人は、ほら、アレでしょ……?」
「セレーヌさんって純粋そうだし、良くないよね……」

 そうして女子勢が意見を統一し、縦ロールの女性がアリサに近付いた。

「セレーヌさん、わたくしと組みませんこと?」
「……あなたは?」
「申し遅れました。わたくし、・キャメロン・ジェーンと申しますわ」
「……はぁ。アリサ・セレーヌですが……」
「存じていますわ。伯爵家の令嬢でしょう?」

 キャメロンは扇を口元に広げて見せた。

「セレーヌ家と言えば堅実に実績を積み重ねてきた忠臣として有名ですわ。あなたはそこの女性とは違い、尊重されるべきお方です。友達は選んだほうがいいと思いますわ」
「デインジャーさんが何かしたのですか」
「彼女はほら……アレなのよ、分かるでしょう?」
娼婦(・・)だよ。身体を売ってお金を稼ぐ人。知ってるかい?」

 キャメロンがぼかした言葉を平気で口にしたシシリー。
 そんな彼女はアリサに目を向けられると、諦めたように離れた。

「あたいと居たら淫売が移るって、そいつらは言いたいのさ」

 ウエディング学園は国中の独身男女が集められた場所だ。
 もちろんそこには貴族だけじゃなく平民も含まれている。
 数は少ないが、シシリーのような娼婦が含まれていてもおかしくはない。

「わたくしはあなたのために言っているのよ? セレーヌさん」

 キャメロンが勝ち誇ったように手を差し伸べる。

「わたくしと来なさい。あなたも鉱山で強制労働は嫌でしょう」

 自分の誘いを断ったらどうなるんだろうなと彼女は目で訴える。
 しかし相手が悪すぎた。
 アリサ・セレーヌはそれ(・・)こそを望んでいるのだから!

「なるほど」

 アリサは頷いた。

「分かりました。ではシシリーさん、一緒にペアになりましょう」
「「「な!?」」」

 クラスの女子生徒が驚愕に目を見開いた。
 キャメロンは信じられないものを見たようにアリサを見て、

「あなた正気ですの? そのような汚らわしい女と組みなんて」
「汚らわしいとは言いますが」

 アリサはキャメロンに向き直った。

「そもそも生物の生態として多くの子孫を残そうとするのは当然のことです。恐らくあなたは不特定多数の男性と関係を持つ商売女性を軽蔑されているのでしょうが、生物として見れば彼女らの行動は正しいと言えます。もちろん、わたしには出来ませんが……人それぞれ自分の持つ財産(肉体)をどう扱おうと自由では? ましてや、それを汚らわしいと蔑むほうが愚かしいかと」

「ですがあなたは、貴族として──!」
「この学園では貴族や平民に貴賤なく、立場を問わず求愛行動するべしと校則にあります」

 校則をフル無視するアリサは自分のことを棚に上げて首を傾げた。

「貴族というのなら、キャメロン様。あなたは上位貴族が定めた校則を無視するのですか?」
「んぐ、それは……」

 ここで退学してみろと言うほどアリサは愚かではない。
 行き過ぎた挑発はディザークの介入を生む結果となる。

(慎重に、少しずつ……)

 アリサも学んだのだ。
 あからさまに拒絶するだけじゃなく、柔らかに、周囲に自分を排斥させる──。
 それこそが、確実に退学へとつながる最良の一手であると!

(もちろん、あわよくばわたしを退学にしてくださっても構いませんが!?)

 目をきらきらさせながらキャメロンに歯向かうアリサ。
 しかし、彼女は肝心なところが抜けていた。
 そう、平民を庇って嫌な貴族に立ち向かう、その姿が周りにどう映るかを。

「セレーヌのご令嬢、あんた……」

 シシリーは目を見張っていた。
 自分よりも小柄で気の弱そうな女の子が貴族に立ち向かっている。しかも娼婦の自分が触れたことを何とも思っていない様子で、すぐにペアを組むことを了承したのだ。

(もちろん、この子の思惑とかもあるんだろうけど)

 アリサが人目を避けているのは一目瞭然。
 そんな彼女に目を付けて、ペアになれば娼婦の自分も自然な形で授業に溶け込めるだろうと踏んだのだが、今のシシリーはアリサを見る目を変えていた。

(この子となら、あたいとも友達に……)

 シシリーの気持ちなど露知らず、アリサは続けた。

「それで、どうするんですか? わたしはあなたと組むつもりはありませんが」
「お、覚えておきなさいよ……後悔するんだから!」
「あなたと話したことを既に後悔していますが」
(なんだ、退学にしてくれないんだ……ここって思ったより貴族の権威が弱いのね)

 アリサが新たな情報を頭にメモすると、

「あのさ、その……ありがとう」
「なにがです?」

 シシリーのお礼にアリサは不思議そうに首を傾げた。

「わたしはただ、当然のことを言ったまでですが」
「……ふふっ、あぁ、そうだね。そういうところにあたいは救われたんだ」
「よく分かりませんが」

 アリサはシシリーの後ろに隠れた。

「お礼を言うなら庇ってください。奴が来ます」
「奴?」
「──ほら言っただろ。女の戦いに男が入っちゃダメなんだって」

 アリサが警戒する先にいるのは二人の男だ。

「まぁアリサだからな。さすが俺の惚れた女だ」
「さっきまで滅茶苦茶心配してた癖に良く言うよ……」

 訳知り顔で頷くディザークと、あきれ顔の男。
 あきれ顔のほうはアリサの知らないクラスメイトだった。
 明るい赤い髪はつんつんしていて、耳飾りがどこか軽薄そうな印象を持たせる。

「や、お二人さん。よかったら俺らと組まない?」

 やはり軽薄に、彼は言った。