そんなことをしている内に、日はすっかり暮れ、空が夕闇に染まり始めていた。


(そろそろ帰らないとなぁ)


 明日からはまた、仕事が待っている。早起きして、殿下におはようの挨拶をして、それから心を揺さぶられる日々を送ることになる。今のうちに身体を休めておいた方が良い。


 そんなことを思っていたら、一台の馬車がわたしのことを追い抜いて、それからゆっくりと停車した。見覚えのある質素な馬車。あっ、と思った時には遅かった。


「マイリー」


 馬車から覗く、綺麗な顔、甘い声音。その瞬間、胸がグッと熱くなって、甘く、ぐずぐずに蕩ける。


「迎えに来たよ」


 殿下に手を引かれ、わたしは馬車に乗り込んだ。
 決して広くはない車内。呼吸や心臓の音まで聞こえてしまいそうだなぁって思いながら、わたしは身体を縮こませる。殿下はその間じっと、わたしのことを見つめていた。


「ねぇ」


 殿下がそっと、わたしを呼ぶ。思わずビクッと震えたわたしに、殿下は穏やかに笑いかけた。


「さすがにもう、記事が書けるよね」


 心臓がドキドキと鳴り響いている。気恥ずかしさと緊張で、涙が滲みそうな中、わたしはそっと殿下を見つめた。

 殿下は相変わらず、わたしを見つめながら笑っている。その瞳の奥に、わたしだけに向けられた感情がある――――そんな気がして、けれど自信が持てなくて、わたしはゴクリと唾を呑む。