(ん?)


 その時、わたしは城を出る時に見かけた、質素な馬車が停まっているのに気づいた。馬車の中は空っぽで、近くには従者らしき人物すら見当たらない。もしかしたら盗られないような魔法が掛けられているのかもしれないけど、不用心な印象は拭えなかった。

『念写』

 なんとなく気になって、馬車を含めた付近の様子を念写する。だけどその時、わたしは視界の端に信じられないものを見つけた。


(殿下⁉)


 町人っぽい服装をしていらっしゃるし、髪型なんかも変えていらっしゃる。だけど、あの煌びやかなオーラに、整った顔、端正な身体つきは間違いない。殿下だ。


(一体こんなところで何をしていらっしゃるのだろう?)


 細心の注意を払いながら、わたしは殿下の後を追った。殿下は人目を避けるようにして裏通りを進んでいく。時折後を振り返るので、ある程度距離を取らなきゃならない。
 生憎わたしには殿下のようなキラキラオーラはないし、めちゃくちゃ自然に町人に溶け込んでいる。殿下が振り返ったところで、ビクッてしなきゃ大丈夫だ。


 やがて殿下は、とあるお屋敷の敷地の中に入っていった。見るからに裏口というか、入り口とも呼べないような隙間。もしかしたら、無理やり抉じ開けたのかもしれない。

 しばらくの間わたしは、少し離れた所から様子を見ていた。だけど、待てど暮らせど殿下の後に続く人間は現れない。本気で護衛をつけていないのかもしれない。


(殿下ったら、護衛も付けずにこんなところで一体なにを? ……っ!)


 その時、わたしの頭に一つの仮説が閃いた。
 質素な馬車。護衛すら付けず、人目を憚るそのご様子。
 もしやこれは……殿下は…………!


(逢引き中なのでは⁉)


 千載一遇の取材チャンス。
 わたしは急ぎ、殿下が使った入り口へと駆け寄る。顔を突っ込んで確認してみても、見張りがいる様子はない。わたしは迷わず、敷地の中へと潜り込んだ。

 入り口から屋敷までは少しばかり距離があった。時間が経ってしまっているため、殿下の姿は見えない。わざわざ裏口を使っているあたり、玄関から屋敷の中に入っている、なんてことはないだろう。だとすれば、屋敷の裏口も存在しているのではなかろうか。


(殿下! 殿下は一体どこにいらっしゃるの!)


 心の中で叫びながら、必死で庭の中を駆け回る。貴族のタウンハウスらしく、随分と趣向を凝らした造りだ。お蔭で身を隠す場所には困らない。

 だけどその時、茂みの中から唐突に手が引っ張られた。そのまま口元を押さえられて、驚きと恐怖で目を見開く。


(何⁉ わたし、見つかっちゃったの⁉)


 逃げなきゃ、と思いつつ、必死に手足をバタつかせる。スクープに目が眩んで、危険を顧みなかった。自分が馬鹿だってことは重々承知だけど、それでも何とかなるって思ってたんだもの!怖くて怖くて堪らない。