「あぁ……来たね」


 殿下はラフな服装に身を包み、私室のソファで寛いでいた。朝とはまた違った雰囲気の殿下に、わたしはゴクリと唾を呑む。正直言ってこの状況、心臓に物凄く宜しくなかった。


「あの、如何なさったのですか? 何か急用でも」

「ん? 前に言っただろう? 話し相手になってほしいって」


 殿下はそう言って小さく笑う。いつもの大人びた表情とのギャップに、心臓がドキッて鳴った。


「仕事中に呼びつけて、俺のせいで怒られたらいけないからね。おかげでこんな時間帯になってしまったけれど、許してほしい」

「畏れ多いことです」


 答えつつ、わたしは内心驚いていた。正直言って殿下が、初日に交わした約束を覚えていたことは意外だったし、わたしの仕事やその周辺にまで気を配っていたことはもっと意外だった。
 王族ってのはもっと傍若無人で、好きなように振る舞っても許される生き物じゃないのだろうか。そんな風に思いつつも、殿下の好感度は上がる一方だ。


「仕事はどう? 少しは慣れた?」

「はい。おかげさまで。皆さんとてもよくしてくださいますし」


 殿下と一緒に、先輩が淹れてくれたお茶を口にする。緊張で全く味がしない。お高い茶葉なのに、勿体ないなぁと心から思った。


「マイリーの家は西部に領地を持っているんだったね。あちらはどう? 俺はあまり王都を離れたことが無いから」

「そうですね……海が近くて魚介類がとても美味しいです。お酒も料理に合わせた辛口のものが多くて……」


 そんな感じで、わたし達は当り障りない会話を繰り広げていく。
 殿下は侍女の仕事よりも、わたしやわたしの育ってきた環境に興味があるようだった。