「はい?」


 その時、ワーナーが再び口を開いた。
 ぼそっと低く響いた言葉は、耳を疑いたくなるもので。わたしは思わず聞き返す。


「俺たちの婚約破棄を取り消そう、リーザ」


 ワーナーはそう言って、わたしの手をギュッと握った。気持ちの悪い作り笑いに、鬱陶しいまでの熱視線。わたしの背中にぞぞぞっと悪寒が走る。


「無理です! 絶対、無理!」

「何故だ? 俺たちの婚約破棄はまだ正式には成立していないだろう? 今ならまだ間に合うはずだ」


 後退るわたしにワーナーが詰め寄る。
 これ以上この男に関わりたくない。眩暈を覚えつつ、わたしは首を横に振った。


「残念ながら、あなた方の婚約破棄は回避不可能です」


 その時、伯爵がわたしたちの間に割り入った。彼は穏やかに、けれどキッパリとそう口にし、ワーナーを真っ直ぐ見つめる。


「なっ、何故ですか?」


 ワーナーは眉間に皺を寄せ、伯爵に喰ってかかった。わたしはもう一度、深々とため息を吐く。


「ワーナー、今回の婚約破棄について、わたしたち書面で約束を交わしたでしょう? 『今後絶対、何があっても、婚約破棄を撤回することは無い』って」

「あっ……」


 わたしの指摘に、ワーナーは口をポカンと開け、視線を彷徨わせた。どうやら、ようやく思い出してもらえたらしい。


「だ……だけど、そんなの無効だ! あんな紙切れ、なんの役にも立たないじゃないか! 破いてしまえば良い! そうだろう⁉」

(紙切れ? ビジネス云々言って婚約を破棄した人間が、『紙切れ』ですって?)


 わたしは呆れて物も言えなかった。