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 彼がわたしの家を訪れたのは、それから数日後のことだった。


「リーザ! 一体、どういうことだ!」


 来客対応中のわたしに構うことなく、ワーナーは目を吊り上げ、声を荒げる。


「どういうことだ、とは?」

「――――おまえのとこから仕入れていた糸が手に入らなくなったんだ! それだけじゃない! 羊毛や革……仕入れていた材料の殆どの値段が高騰していて、とてもじゃないが手が出せない!」


 ワーナーは顔を真っ赤に染め、ブルブルと身体を震わせていた。余程慌てて来たのだろう。いつも隙なく整えられた髪型は乱れに乱れ、服もヨレヨレになっている。


「だから言ったじゃありませんか」


 そう口にしつつ、自然ため息が漏れる。わたしの物言いに憤慨したらしく、ワーナーは身を乗り出した。


「だから言った⁉ 僕は何も聞いていない! 不当な値上げに抗議するどころか、父上は僕が悪いと――――勘当するって言いだすし! 何が何やら……」

「ふふっ」


 わたしは思わず声を上げて笑ってしまった。この期に及んで事態を理解できていないあたり、やっぱりワーナーはとんでもない不良債権だった。痛手なしに手放せたことは幸運以外の何物でもない。


「何を笑っている! この……」

「やめろよ」


 わたしに掴みかかろうとしたワーナーを理性的な声音が静かに制する。


「だ、誰だ、おまえは」


 初めからわたしの向かいに座っていたというのに、ワーナーは彼に気づいていなかったらしい。狼狽えながら、数歩後退った。


「ワーナー、こちらはハンティントン伯爵よ。まだ若いけど、ご自分で事業を幾つも手がけていらっしゃるすごい方なの」

(あなたとは違ってね)


 心の中でそっと付け加えながら、わたしは穏やかな笑みを浮かべる。
 伯爵は柔和で温厚、上品な立ち居振る舞いが印象的な好青年だ。粗野で野性的なワーナーとは正反対。何より、実業家としての実績が天と地ほど違った。


「ジュード・ハンティントンです。自己紹介が遅くなりました――――いきなり話に割り入られたものですから」

「あっ……いや、その。気づかなかったもので……」


 格上の伯爵相手では、さすがのワーナーも下手に出ざるを得ないらしい。顔を真っ赤に染めて縮こまっていた。