「そうだ! クロシェット……! クロシェットはどこだ⁉」


 ここに来て、ようやくクロシェットの存在を思い出したザックは、彼女を置き去りにした泉へと向かう。

 従順で人を疑うことを全く知らない馬鹿な小娘は、今でも泣きながらザックの帰りを待っているだろう。


 大丈夫だ――――自分ならば彼女を懐柔できる。
 再び己の手駒にし、意のままに扱ってやる。
 そして、大切なもの――――地位や名声、富を守り抜くのだ。


 けれど、ザックは泉に着いた途端、自分の考えが酷く間違っていたことに気づく。

 一度は浄化されたはずの泉が、四年前と同じように、禍々しい瘴気を放っている。何体も何体も、魔獣が次々に生まれ、けたたましい咆哮を上げる。


「あ……あぁ…………」


 一体ですら倒せないのだ。こんな数の魔獣、一度に相手できるわけがない。
 一歩、また一歩と、ザックが静かに後退る。


 けれど、時すでに遅し。
 魔獣たちはザックに気づくやいなや、彼に向かって勢いよく襲いかかった。


「助けてくれ!」


 ザックが叫ぶ。けれど、彼の声を聞くものは誰も居ない。
 魔獣たちに囲まれ、後頭部に衝撃が走り、視界が大きく揺れ動く。


(あ…………)


 かすみゆく視界の中、一人の女性の笑顔が見えた。
 明るく、優しく、あまりにも素直だった女性の――――クロシェットの姿が。


《待っているから――――必ず迎えに来てね》


「――――遅くなってごめん! クロシェット、本当にすまなかった!」


 ざわりと、大きく木々が揺れる。
 鳥たちが空に飛び立ち、やがて森に静寂が戻った。