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 セデルとの生活は、温かく、優しさに満ちていた。

 清潔で美しい洋服に、温かい食事。夜はふかふかのベッドで眠ることができる。
 緑豊かな領地の中、花や果物、動物たちを見て回り、夜は仕事を終えたセデルに文字を教えてもらう。

 当たり前の日常。当たり前の幸せ。
 それらが失われてから久しく、クロシェットは涙が出るほど幸福だった。


 セデルはよく魔獣討伐に向かったが、決して、クロシェットを利用しようとしない。彼女が特別な力を持っていると知っていて、頼ろうとすることもない。


「当然だよ。君がどれほど辛い思いをしてきたか、俺は知っている。君が聖女だと知れ渡れば、人々は君を特別な存在として崇めるだろう。けれど、その分だけ君に頼ってしまうに違いない。
俺はもう二度と、クロシェットに辛い思いをさせたくないんだ」


 真剣な眼差しで見つめられ、クロシェットは思わず頬を染める。

 穏やかな日々であるのに――――セデルと一緒に居ると、クロシェットの胸はいつもトクンと甘く疼く。美しい彼の瞳を見る度に、身体が熱を帯びていくのを感じていた。


「それに、俺だって男だ。どうせなら自分が護る側に回りたい。好きな人のことなら、尚更」


 セデルがクロシェットの手を握る。
 クロシェットはしばし逡巡し、息を呑み、やがて顔を真っ赤に染める。


(好きな人って、わたし……⁉)


 誠実な彼が、冗談でこんなことを口にするとは考えがたい。クロシェットの鼓動が勢いよく跳ねた。


「今すぐにとは言わない。考えてみてくれないか? 俺と生きる未来を。俺に君を護らせてほしい」


 瞳を、心を真っ直ぐに射抜かれ、クロシェットはドギマギしながら小さく頷く。