「王太子殿下との?――――――あぁ」


 確かに、ダリアは昨晩、両親からそんな話があると聞かされていた。普段ダリアに興味がない両親もやけに乗り気で、この話を進めようとしていたことは記憶に新しい。

 けれど、妹に全てを奪われた公爵令嬢ダリアには、王太子妃に相応しい教養も、持ち物も、自尊心だって、何も残ってはいない。そんな大役が務まるわけがないと思っていたので、ちっとも関心が無かったのだ。

 とはいえ、この婚約はダリアにとっても大きなメリットがある。

 一度王城に入ってしまえば、妃の親族といえど、簡単には目通りが叶わない。だから、もしも王太子と結婚すれば、欲しがりな妹と物理的に距離を置くことができるかもしれない――――ダリアにとって王太子との婚約話は、その程度の認識だった。


「王太子殿下が妃に求めるのは、『お父様の娘』であることだわ。だったらお姉さまでなくても良いはずだもの」

「それは、そうかもしれないけど」


 ダリアたちの父親は、国の要職についている。政治的な観点から、重臣の娘を妃に迎えることは、よくあることらしい。
 ダリア自身『王太子に見初められる』機会など皆無だったので、完全な政略結婚に違いない。


「だけどあなた、エドワードとの婚約は?一体、どうするつもりなの?」

「そんなの当然破棄するわ。相手は王太子殿下だもの。比べるまでもないでしょう?」


 まるで壊れた玩具を見下ろすような眼差しに、ダリアの心が痛む。


(当然?エドワードとの婚約を破棄することが?本気で言ってるの?)


 ダリアは身体を震わせながら、拳をギュっと握る。


「あっ、そうだわ!なんならお姉さまに返却してあげる!嬉しいでしょう?」


 名案だとでも言いたげな表情で、マーガレットは笑った。無邪気な表情があまりにも憎らしい。ダリアは妹から顔を背けながら、唇を噛んだ。


「エドワードは物じゃないわ。返却だなんて、失礼な物言いは止めて」

「別にいいでしょう?本人が聞いているわけでもないんだし」


 そう言ってマーガレットは、薬指に嵌めていた婚約指輪をポイっと投げ捨てる。


「そういうことだから、お姉さま。このお話、ありがたくいただいていくわね」


 意地の悪い笑みを浮かべた妹の後姿を、ダリアはいつものように黙って見送った。